らいおんの小ネタ劇場

2004 年 12 月 14 日


第 149 回 : 鍋

 いつもの居間、いつもの食卓。で、あるというのに漂っている緊張感。
 それは全て卓上でぐつぐつと小気味良い音を立てている鍋の存在に原因があるといって良いでしょう。事実、食卓からの視線はごく僅かな例外を除いて全て鍋と、その中身に向けられている。

 そもそも事は、シロウの学友である一成が檀家の人からもらったという蟹を持ってきてくれたところからはじまりました。
 蟹……というのは私もあまり詳しくはないのですが、春夏秋冬、四季によって様々な食材を楽しめるこの国において、冬における代表的な食材として名を馳せる代物だということ。
 最初は誰に聞いても白々しい様子でたいしたものではない、とか、そんなに美味しいものではない、などと言われたのですが、さすがにシロウだけはきちんと真実を伝えてくれました。というか何故……いえ、別に誤魔化そうとした理由など知りたいとは思いませんが。

 ともあれ、既に準備を終えて、後はフタを開くのを待つばかりとなった衛宮家愛用の鍋の前で、皆が今か今かと開帳のときを待っていた。
 誰かがごくりと、無意識に喉を鳴らす。そしてそれが契機となったのか、

「……じゃ、フタ開けるぞ」

 今まで難しい顔で腕を組んでいたシロウが、遂に意を決したのかそう口にした――途端、向けられている視線の濃度が濃くなった。
 そんな一堂の反応を見て、シロウは諦念に満ち満ちた表情で頭を振る。彼のその態度にいったいどのような思いが秘められているのかは知らないが、彼にそうさせる者たちは皆、無言の圧力で持ってシロウに続きを促していた。
 シロウはため息一つの後、鍋のフタに手をかける。
 そして全員が息を飲んで見守る中、ついにフタが開かれて濛々と立ち込める湯気が――!

「しゃ―――っ!」

 その瞬間、誰よりも早く、誰よりも獣じみた速度で繰り出される箸があった。
 一直線に、ただ一直線に己の獲物のみを狙ったそれに、シロウは元より他の誰も反応することはできなかった。

 ……だが、侮ってもらっては困るのだ。

「――させん!」

 サーヴァントたる己の能力を遺憾なく発揮し、鍋の中身でも最も大きなそれに向かっていた箸に自分の黄色の箸を絡ませて食い止める。

「大河。いただきますがまだ済んでいません。食事前の挨拶を忘れるなど、礼儀に反する行為はこの私が認めはしませんので……そのことだけは覚えておいていただこう」
「うー、セイバーちゃんのいけずー」

 唇を尖らせて拗ねながら箸を引っ込める大河。
 まったく、ある程度こうなることは予想していたものの、私に力の一端を使わせることになるなんて本当人間なんでしょうか、彼女は……。
 だがしかし、大河が非常識であるというのは今更のことです。いちいち気にするまでもないこと。

「どうでもいいけど士郎、早くしなさいよね。これ以上待たせるようならあんた、突っつくわよ」

 びしりと箸の先をシロウに向けながら語気も鋭く凛が吠える。無論のこと、この私がいる限りそのようなことをさせるつもりはありませんが、彼女の言うこともわからないでもない。あまり気を持たせすぎないで欲しい。

「…………」
「じゃ、まあ……いただきます」

 視線でその意を伝えると、食べる前から疲れたような表情でそう宣言した。
 では、ここから私は戦の渦中へと入ります。いかに相手がシロウといえども容赦するつもりはありませんから、そのつもりで――。


「しかし衛宮よ……おまえの家の食事風景というのはいつものこのようなものなのか?」
「いやまあ……いつもならもう少し静かなんだがな……でも、だいたいこんなもんだ」

 目の前で繰り広げられている壮絶な争奪戦を、シロウと一成はどこか遠い世界の出来事を見るかのような目で見やりながらもそもそと白いごはんを食べている。無論、鍋の中身をよそうべき小鉢の中身は空っぽのまま。
 だが、今の私にそのような二人を気にしている暇はない。
 食事は戦いです。それが特に鍋であり、食材が普段口にできない珍味であれば尚のこと。
 何時いかなる時にでも、戦う意思を己に奮い立たすことができなければ敗れ去っていくのは自明の理。シロウも一成も、敗れ去る運命だったのでしょう。

 だというのに何故……二人ともそのように哀れみの視線を向けてくるのでしょうか。理解不能です。