らいおんの小ネタ劇場
2004 年 12 月 21 日
第 150 回 : おこた
冬もだんだんと深まってきて、衛宮家の居間にはテーブルに代わってこたつが鎮座ましましていた。噂では聞いていた、冬における最高の宝具、人類最高の英知の一つである暖房器具こたつ。
正直なところ、大河もシロウもおおげさに話しているだけだろうと思っていたのです。
しかし今、私はそれが事実であったことを身を以って思い知らされていました。
「はー……あたたかいですねー」
「ええ。こたつがこんなに良いものだとは思いませんでした。……一度入ってしまうと出たくなくなってしまうのが難点といえば難点ですが」
最後の一個のみかんを籠から取って皮を剥く。……と、寒さから逃げるように外から帰ってきた子猫が、みかんの代わりに籠の中でとぐろを巻いた。
「ところで桜、確か今日は弓道部の練習の日だと思っていたのですが、学校には行かなくて良いのですか?」
「えっと、そうなんですけど今日は……」
「さむいからおやすみー」
聞いているこちらが眠くなりそうな声で言ったのは、突っ伏して目を線にしている大河。要するに寝ているのですが、それで何故こちらの問いに答えられるのか不思議でならない。
「……と、とにかくそういうわけで弓道部、お休みなんです、今日は」
苦笑しながら、口元から垂れている涎の着弾予想地点にそっとティッシュを挟み込む桜は本当にできた女性だと思う。シロウを助け衛宮家の家事を切り盛りするのみならず、綾子の後を継いで虎の哭く弓道部の部長となっただけのことはある。
『桜はホントにしっかりものの娘さんだよなぁ』
とは最近のシロウの口癖です。それだけ彼が桜を頼みにしているということなのでしょう。
「それにしても……部屋の中はあったかいけど、外は今にも雪が降ってきそうね」
もう一人、こたつに足を入れて身を縮めているのは凛。アーチャーに無理矢理繕わせたという赤いちゃんちゃんこを羽織って、桜が淹れた紅茶を啜っている。どうやらこの家の中では遠坂家の家訓は適用されていないようです。
彼女は窓の外の、灰色の雲に覆われた空を眺めながらぼんやりとつぶやいた。
確かに今日はかなり寒くこの通り天気も悪い。もしかしたら夜には今年初めての雪が降るかもしれない。
「これでホントに雪が降ってきたら……猫はこうして丸くなってるし、やっぱりランサーは庭を駆け回るのかしら?」
「ランサー?」
「犬」
「……姉さん、そんなこと言ったらランサーさん、泣いちゃいますよ?」
たしなめる桜に、しかし凛は「ハッ」と鼻で笑っている。ふむ、やけに性格と口が悪くなっていますが、気が緩んでいる分だけ普段押さえつけている本性が漏れているのでしょうか。
しかし何故雪が降るとランサー……ではなく犬が庭を駆け回るのでしょうか。普通に考えれば寒さを嫌がりそうなものですが……。
抱いていた疑問が表情に出ていたのか、気づいた桜が「それはですね」と、歌を口ずさみ始めた。
ゆーきや こんこ あられや こんこ
ふっても ふっても ずんずん つもる
いーぬは よろこび にわかけまわり
ねーこは こたつで まるくなる
「……っていう歌なんです」
綺麗な声で歌い終えた桜が少し照れているのか、ほんのりと頬を赤くする。
「なるほど。それで庭を駆け回ると……確かに猫は丸くなっていますが」
ランサーは果たして庭を駆け回るのでしょうか。
クランの猛犬と呼ばれた彼ですが、日本の柴犬とは異なるでしょうし……可能性は低いと思う。それに元気に庭を駆け回るランサーというのも少し想像しにくい。そういうのはどちらかといえばバーサーカーのほうが似合うような気がします。それに彼のマスターであるイリヤスフィールなど、まさに雪というイメージにぴったりと当てはまるではないか。
少なくともランサーと言峰の主従よりも、バーサーカーとイリヤスフィールの二人のほうが、見ていてずっと絵になるはずです。
「…………」
……などとそんな光景を思い浮かべていると、玄関のほうから慌しく誰かが駆け込んでくる音と、聞きなれた少女の声が聞こえてきた。
「ただいまーっ! うーもうっ、外寒いッ! 寒いのキライ!」
「……やっぱり無理でしょうか」
「なにが?」
「いえ、こちらの話です」
視線だけこちらに向けてきた凛に頭を振って答えて、しかし内心では少しだけ落胆する。
寒いのが嫌いなら雪の中で踊る彼女を見ることはできないかもしれない。
だけどもし、彼女が雪が好きだったなら――もしかしたら近いうちに妖精のような少女を見ることができるかもしれない。
それはきっと、冷たい雪の中にあっても心温まるような、幻想的な光景に違いない。
「ただいまっ、わたしもこたつはいるー。セイバー、もうちょっとそっちに寄ってー」
「おかえりなさい、イリヤスフィール」
ふすまが開いて居間に飛び込んできたイリヤスフィールが、こちらが答える間もなくこたつに足を入れてくる。ほっとしたように満面の笑みを浮かべる彼女の頬は、寒さのせいかほんの少しだけ赤みを帯びていて、いつもよりも余計その幼さを際立たせていた。
しかし、赤みを帯びていてもなお白い彼女はきっと、誰よりも雪が似合うと思うのだ。
「……ところで一つ聞きたいことがあるのですが」
「ん、なぁに?」
「あなたは雪は好きですか?」
だから私は思わず聞いてしまっていた。
もし彼女の答えが私の期待通りだったとしても、心に思い浮かべる光景を実際に見ることはかなわないかもしれないのに。
「んー、雪は好きだけど、今はこたつのほうが好きよ」
案の定、イリヤスフィールはまるで猫の子のように丸くなってこたつのぬくもりに浸っていた。
まあ、仕方ないでしょう。雪が好きとはいえ、寒いのは嫌いなのだから。
しかしいつか雪が降ったなら、その時はシロウと一緒に彼女を雪の下に誘ってみよう。猫のように寒さが嫌いなイリヤスフィールだが、雪の下で犬のように駆け回りおどろ彼女はきっと誰よりも愛らしいはずだから。