らいおんの小ネタ劇場
2004 年 12 月 8 日
第 148 回 : ゆたんぽ
今現在、室内の気温は十度以下。外は寒風吹きすさび、木の葉が揺れる音と窓枠が揺れる音が物悲しく聞こえてくる。
「うー……寒いの嫌いっ」
シロウの腕の中でイリヤスフィールが毒づき、私は何を贅沢な、と思う。
確かに空気は嫌になるほど寒いのだし、事実彼女は小さな身体をますます縮めて震えているのだから無理もないでしょうが……そのように暖かそうな場所で言う言葉ではないような気がするのです。
「イリヤスフィール、寒いのでしたらふとんに潜って眠ってしまえばいいでしょう。無理にここにいなくてもいいのですから」
「それもイヤよ。だってそしたら、わたしの場所をセイバーが取っちゃうじゃない」
「……何を馬鹿なことを」
言って私はシロウの腕に身を寄せながら頭を振ったものだが、心の隅で彼女の鋭さに感嘆していたのもまた事実だったりする。当然イリヤスフィールは疑惑に満ち満ちた視線を向けてくるのですが、こちらも当然ながら無視の一手です。
「っていうかさ……イリヤもセイバーも寝ればいいじゃないか。俺だって眠いんだし……」
そんな私たち二人の間に挟まれたシロウが、ぽつりとためた息を吐き出すようにつぶやいた。この中で誰が一番暖かいのかというときっとシロウはずです。理由は言うまでもないのだが、そうは言っても彼もまた寒さを感じていないはずはない。
だというのに表情には疲労感のほうが色濃く漂っている。実にシロウらしいと言えばその通りなのですがあまり納得はできない。
そもそもいったい、何故このようなことになっているのかというと――。
何も別に複雑な事情が絡んでいるわけではないのです。事は非常に単純。
しかしながら問題はこの季節においてはひどく深刻な問題でした。
まずエアコンが故障したのが始まりでした。元々だいぶ傷んでいたのを騙し騙し使ってきていたのですが、このたびとうとうシロウの腕を持ってしても修復不可能な状態にまで陥ったのです。
仕方なしに土蔵から、これまた壊れかけのストーブを持ち出したのはいいものの、こちらもまた故障。というか、最初から壊れていたのですからどうしようもないでしょう。どうやら私たちの知らない間に土蔵に侵入して遊んでいた何者かの手による仕業だそうですが……その何者かが誰のことであるか、容易に想像できるのはその誰かの日頃の行いの賜物なのでしょう。
ともあれこういった軌跡を辿り、我が家の暖房器具は全滅したのです。
間の悪いことに今日は本格的な真冬日で、外の気温は雪でも降るのではないかと思わせるほどに寒い。だから夕飯は身体の温まる鍋にして、お風呂もいつもより熱めに沸かしました。
シロウの作ってくれた水炊きは非常に美味で身体も心も温まりましたし、少し熱めもお湯も心地よいものでしたが、しかし所詮はその場しのぎにすぎない。一時の暖が去っていけば、再び訪れた寒さが身体を芯から冷やしていく。
それで雪が好きなくせに寒さには弱いというイリヤスフィールは、直ぐに音を上げて人肌という直接的な手段に訴えたのです。彼女がシロウにくっつくのはいつものことなのですが、今回は大義名分があるからかいつもよりもずっと積極的なような気がする。
据わっているシロウの足の間に身体を入れて座り込み、背中からシロウの胸に寄りかかっている。シロウもまた寒さに耐えかねたか、これ幸いとばかりに彼女を湯たんぽ代わりに使っているのだから、イリヤスフィールにとっては願ったり叶ったりでしょう。寒いと口では言いながらも顔は綻んでいた。
私は……私もそれに便乗させていただいたのです。
仕方がありません。サーヴァントといえど、そのつもりでなければ寒いものは寒いのですから。
結局、今日はもう寝ることにして明日暖房の修理をしようということになり、夜も遅いことですし、イリヤスフィールも泊まっていくことになりました。
……それは良いのですが、
「イリヤスフィール、ふとんは客間に敷いたと言っているのに何故ここにいるのですか」
「決まってるじゃない。今日はシロウと一緒に寝るのよ」
などと、まるでそうすることが当然のようにシロウのふとんに潜り込んでいるイリヤスフィールには納得できませんし良くありません。
だいたいシロウも困ったように笑っているだけで何も言わないというのはどういうことなのでしょうか。確かにイリヤスフィールはシロウにとっては妹のようなものかもしれませんが、それでも女性であることに変わりはありません。……その、倫理的に問題があるような気がするのです。
「……とにかく、馬鹿なことを言っていないで自分の部屋に行ってください」
「やーよ。だいたいなんでそんなことをセイバーに言われなきゃいけないのよ。羨ましいんだったらセイバーも一緒に寝ればいいじゃない」
「「なっ!?」」
私とシロウの声が同時に重なる。
「そ、それこそ馬鹿なことですっ。ヘンなことを言わないでいただきたいっ!」
「その通りだっ、イリヤならまだしもセイバーは困るッ!」
「む。なんでよシロウ」
「……何故ですかシロウ?」
シロウの言っていることに間違いはないのですが、それはそれで納得できないものがある。何故イリヤスフィールは良くて私は駄目なのでしょうか。
私とイリヤスフィールの二人から追及を受けて、シロウはしばらくしどろもどろだったのですが、やがて何かが限界に達したのか、
「あーもうっ! いいから二人ともとっとと寝ちまえーーーッ!」
ふとんに入ったまま、ふすま一枚隔てた向こう側に視線をやる。
さっきまでシロウとイリヤスフィールの声がぼそぼそと聞こえていましたが、既にそれも途絶えて久しい。きっと二人とも眠ったのでしょう。
『……おまえと一緒に寝れないってのは、べ、別にセイバーの事が嫌いとかそういうわけじゃなくってだな……むしろその、逆の理由であって……』
最後に言い訳するように言ってきたシロウの言葉が脳裏に不意に蘇った。
「…………」
外は寒いけれどふとんの中は暖かい。
シロウとぬくもりを分かち合っているイリヤスフィールが少し羨ましいが、一人でも別に構わないと思った。
私は私で、人肌とは違うぬくもりを感じている。
きっとこのぬくもりは、ふとんのおかげだけではないのですから。