らいおんの小ネタ劇場
2004 年 11 月 29 日
第 147 回 : 肉布団
……さて、身動きが全く取れないのですが、どうしたものでしょうか。
それにそろそろ夕飯の支度をしなければいけない時間だというのに、当のシロウがこのように眠ってしまっていてどうするというのでしょう。
このような状態になってからかれこれ二時間。どうすることもできないまま、時折思い出したようにため息をつきつつ、ずっと天井を見上げている。いや、どうにかしようと思えばどうにかすることは可能なのだが、あまりその気にならないといったほうが正確だろう。
しかし、困った。
私もだんだんお腹が空いてきましたし、このままずっとこうしているわけにもいかない。直にイリヤスフィールか凛か桜か……誰かがやって来た時に今の状態を見られるわけにもいきません。私はともかくとして、シロウが大変なことになるであろう事は容易く想像できる。
「シロウ、シロウ……そろそろ起きていただけないだろうか。ずっとこの体勢でいるのも、少し疲れるのです」
「う、うぅん……む」
「な……なにをしているのですか貴方は」
「ぐ、むぅ……」
突然不埒な行動に走ったシロウの耳を摘んで引っ張りあげる。わりと力を入れて抓りあげたはずなのだが、それでもシロウは唸り声を上げるだけで目を覚まそうとしない。
まったく……いかに眠っているとはいえ、胸に頬擦りなど、シロウでなかったら剣の錆としていたところです。
だいたい何故こんなことになったのかというと、そもそもの原因は雷画にあるはずなのです。
藤村雷画――藤村大河の祖父にして、シロウにとっても祖父同然の人物であり、イリヤスフィールを甘やかしては良く相好を崩している御仁です。
その雷画の元に、所用でシロウが出かけたのは昼の食事をいただいたすぐ後のこと。たいした用事でもないのですぐに帰ると言って、シロウは笑顔で出て行きました。
しかし……一時間経っても二時間経っても、おやつの時間になってもシロウは帰ってきませんでした。ホットケーキを焼いてくれるというから楽しみにしていたというのに、シロウは帰ってこなかったのです。
結局彼が帰ってきたのは日も傾きかけた頃でした。
期待を裏切られたことでやや機嫌が傾いていた私は、自分でも大人気ないとは思いつつも玄関に出迎えに出ませんでした。恐る恐るただいまと言ってきたら、なんと言ってやろうか――などと、他愛もないことを考えながら居間で空腹に耐えながら横になっていたのです。
そしてシロウはゆっくりとした足取りで静かに居間に入ってきて、私にただいまの挨拶を……する前に私に覆い被さってきたのでした。
突然の蛮行に、さすがに最初は少し慌てさせられました。よもやシロウがこのような行動に出るとは思ってもみなかったからです。私の胸元に顔を埋め、足を足で絡め取り、拘束するように両腕を身体に回してきつく抱きしめてきたのです。
相手がシロウだからか特に嫌悪感は感じなかったが、さすがにこんな状態を素直に受け入れることなどできるはずがない。
『は、離れてくださいシロウ! ……シロウ?』
なんとか両腕だけは拘束から抜け出して、彼の身体を押し返そうとした時に気がついた。
『お酒の匂い……ですね』
シロウの全身から香ってくるむっとしたアルコールの刺激臭が鼻についた。これはかなり呑んでいる――と、気づいた瞬間に、雷画がお酒好きだったということを思い出した。しかも自分が飲むときは誰かにつき合わせることが多いらしく、さすがに大河やイリヤスフィールに相手はさせないものの、良くリーゼリットやセラと一緒に飲んでいるらしい。
つまり今日はシロウが捕まったということだ。
で、あれば、シロウのこの行動にも説明がつく。何故かという理由は良くわかりませんが、シロウはお酒が入ると途端に奇矯な行動に走る癖がある。以前にもお酒を飲んで、このように絡まれたことが何度かありますから、そのことは身を以ってよく知っている。
そういうことであれば仕方がない。この状態になったシロウに理性を求めるのは無駄な話。それにもう既にこの時には寝息を立ててしまっていた。
しばらくこのまま寝かせておいて、気がついてから懇々と説教をして差し上げようと思い、放っておいたのですが――
「――いったい何時になったら起きるのでしょうか」
三十分か、長くても一時間もすれば起きると思っていたシロウは、予想に反して日が完全に沈んでしまった今もなお眠っている。
「まったく本当に……困ったものです」
深いため息を吐き出して、胸元にあるシロウの頭を軽く抱きしめる。
眠っているせいで全身が弛緩している彼の身体は、完全に私に預けられている。同じ年頃の同性にくらべるとやや小柄ではありますが、シロウもやはり殿方だけあって少し重たい。それにお酒が全身に回っているせいか、体温も高くて私と触れ合っている肌が少し汗ばんでいる。
「暑いですね……こんなにもずっとくっついていられては無理もないのですけど。少々ふとんにしては重たいですし」
起こそうとしても起きてくれないとはわかっていながらも、頬を突いたり肩を揺さぶったり、いろいろと手は尽くしてみたものの全く起きる様子がない。
……困った。
シロウの身体が温かいせいか、その重みが心地よい成果は知らないが、私にまで眠気が襲ってきてしまった。
「シロウ……これが最後通告です……起きてください」
「んー」
「……だめですか。では仕方ありませんね……」
手は尽くしました。私の努力は認められてしかるべきでしょう。
非があるとすれば、それは全てシロウにあるはずです。きちんと責任は取っていただきます……。
重力に逆らわず落ちてくるまぶたをそのまま閉じて、シロウの背中に腕を回す。
身体全体で感じるぬくもりとシロウの存在に溺れながら、ゆっくりと意識が闇の中に落ちていった。
それから目を覚ました時、シロウが凛や桜たちに囲まれて正座しながら、責任を取っている真っ最中だったのは完全な余談です。