らいおんの小ネタ劇場
2004 年 11 月 27 日
第 146 回 : ヘンな
「ねえねえ士郎、知ってる?」
「知ってるかどうかは何のことか聞かせてくれないとわからないけど、何のことだ藤ねえ」
「えーっとね、なんか最近、商店街にヘンな馬車が現れるんだってー」
「ヘンな馬車?」
昼食の席、忙しなく動く箸を止めないまま、大河が不意に切り出した話に私とシロウは揃って首をかしげた。
「ヘンな馬車、ですか。ヘンとはいったいどんな馬車なのですか?」
「んー、その辺は良くわかんない。だから知ってたら教えてもらおうと思って」
頬袋をいっぱいに満たして顔の大きさを通常の三倍ほどにしながら大河が丸くした目をこちらに向けてくる。そこには私たちに対する無限の期待が込められていたが、生憎ながら私は知りません。
それはどうやらシロウも同様らしく、きっぱりと否定の言葉を口にした。
「それにしてもヘンな馬車ってどんな馬車なんだろうな……正直どうでもいいと言えばどうでもいいけど、気にならないといえば嘘にはなるな」
「ならば商店街に見に行ってみますか? ちょうどゴミ袋と洗濯洗剤が切れそうなのです」
「そうだなぁ……ま、会えなかったら会えなかったで別に困るわけでもないし、ついでで行ってみるか」
大河の話によると、そのヘンな馬車とやらが現れるのは夕方になってから、とのことでした。
時間を合わせて、余計なものを買いたがる大河を御しながら必要なものだけを買いこんで、橙色に染まった商店街の道を三人で歩く。
十一月ももう終わりとなれば、空の色もそろそろ冬支度を始める頃だ。最近は太陽が出ている時間も急速に短くなって、気がついたら辺りが暗くなっているということも良くある話。心なしか、道往く人たちの足取りも、帰り道を急ぐかのように早いような気がする。
そして冬が訪れるとなると、やはり最も辛いのが凍てつくように厳しい寒さだろう。
今年はそれでも例年よりも暖かいそうだが、今日に限って言えば、剥き出しの頬がひりつくような寒さだ。暖かいなどという言葉からは程遠い。
「今日は久しぶりに鍋にでもするか?」
「わーい、お姉ちゃんしらたきが食べたいなー」
「出汁の染み込んだ白菜に勝るものはありません。春菊もまた味わい深い……」
などと、件のヘンな馬車のことなど半ば忘れかけ、身も心も温まるであろう今晩の食事について思いを馳せる。
寒いのは確かに余り歓迎できることではありませんが、寒ければ寒いほど、温かいごはんが美味しくいただけるというのもまた事実。決して悪いことばかりではありません。
『いもー、いもー。いしやきいもー』
と、その声が聞こえてきたのは商店街の出入口を出かかった時のことでした。
「焼いもですか……」
いつだったか、ライダーの家庭菜園で取れたいもを庭で焼いて食べたときのことを思い出した。赤黒い皮を剥いたその下から現れた、金時色のいもは、そのままでも、塩を振っていただいてもとても美味しかった。
『美味しいはずのいもはいかがでしょうかー。いえ、別に食べたくないというのであれば構わないのですがー』
屋台を引いているであろう人物の抑揚のない声が、スピーカーを通した少し濁った音で響き渡る。
しかし、売ることを目的にしている割には随分とやる気のなさそうな売り文句ですね。焼いもの屋台だというのに、女性というのも珍しい。
それに……この声ですが、なんだか……。
「セイバー」
「あっ、はい。なんでしょうか、シロウ」
「……俺たちも行くぞ」
声をかけられ我に返ると、シロウはどこか疲れたような顔をしていた。
「それは構いませんが……ところでシロウ、大河はどこに行ったのですか?」
「いや、だから……その藤ねえを追いかけるんだよ」
なるほど、そういうことですか。
声が聞こえてくる方向に顔を向けると、そこにはすでに豆粒ほどの大きさになった大河の影が遠ざかっていくのが見えた。
そして大河を追って石焼いもの屋台に到着した瞬間、大河のことも含め、忘れかけていたことについても全てが解決しました。
「これがヘンな馬車の正体ですか……幻獣に焼きいもの屋台を引かせるなど、何を考えているのですか、ライダー」
「別に何も考えていませんが。単に効率的だと思っただけです」
羽の生えた真っ白な馬に跨り、綱を引いているのは流れる長髪を風の中に揺らしているライダーでした。
そして嘶きをあげているペガサスが引いているのは幌をかぶった荷台ではなく、真っ赤に焼けた石といもを積んだ屋台だった。
「家庭菜園で取れたいもが余っていたのでどうしたものかと考えていたのです。そこでせっかくですし、売ることにしたのですが、自分で屋台を引くのは面倒だったのでペガサスに任せて私は御者をすることにしたのです。これでもライダーのクラスですから」
「そうですか……」
なんというか……何もかも台無しになったような気がします。
この国に限らず世界中の物語に伝説の獣として語られ、時には神の獣とすら呼ばれるペガサスが、夕暮れ時の商店街でいもの屋台を引いているなど、いったい誰が想像できるでしょうか。
「とにかくシロウ、お金はちゃんと払ってください。既にタイガが勝手に三本ほど貪っていますので。この屋台で食い逃げを敢行しようなどという愚はくれぐれも犯さないように。櫓櫂の及ぶ限り追い詰めて、必ず代金を払っていただきます」
「ああ、わかってるわかってる……ついでに俺たちの分も一本ずつ頼む……」
疲労も困憊に達したといった風情で財布を取り出すシロウ。彼の背後で大河が実に幸せそうに、両手に抱えたいもを頬張っている。
とりあえず今日わかったこと。
この冬木市においてヘンとか妙とかおかしなとか――そういった言葉を冠する事件は驚くに値するものではないということでしょうか。
知っている人間、もしくはサーヴァントが関わっているのはおそらく……というよりほぼ間違いないことでしょうから。