らいおんの小ネタ劇場

2004 年 11 月 8 日


第 140 回 : 文化祭・三回目

 他のところを回ってくる、と言うイリヤスフィールたちと別れてやってきた弓道場――に聳え立つ黒い影。遠目からでもわかるバーサーカーの巨体。
 その周りに集まる学生や一般の人たちに埋もれても彼の巨体はやはり目立ちます。頭一つ分、どころではなく三つ四つ分は飛びぬけてますから。

「……ところでシロウ、大河はいったいあそこで何をやっているのでしょう」
「さあなぁ、俺にも時々藤ねえはよくわからん」

 見れば大河がバーサーカーの肩の上に仁王立ちになって何やら叫んでいる。

「まあ、行ってみりゃわかるか」
「そうですね、行ってみましょう」

 どうせ大河のことですからたいしたことはないのでしょうけど……完全にこちらの予想を上回っている可能性は十分にありますね。
 なんせ大河ですから。


 で――。

「ふはははー、まるで人がゴミのようだー」

 やっぱりというかなんというか、たいしたことはないのですが予想外なことをしていました。

「……綾子、あれはいったいなにをしているのでしょうか」
「大佐ごっこだってさ。……何の大佐かは知らないけど」
「はあ……そうですか。なんとなく追求してはいけないような気がしますから、何の大佐なのかはどうでもいいですが」

 きっと人よりも高いところに立っているのが嬉しくなっているのでしょう。私にとってはバーサーカーの肩は危険な場所なのですが、木登りの件といい、高いところが好きらしい大河にとっては楽しい場所なのでしょう。
 道着を着ている綾子も、そうしている大河を呆れと苦笑をない交ぜにした視線で見つめている。

「にしても美綴、おまえもう引退したんだろ? なんで道着なんて着てるのさ」
「ああ、確かにそれはそうだけどさ。せっかく高校生活最後の文化祭なんだ、見てるよりかはこっちのほうが楽しいだろ。それに――」

 そう言ってその瞳を今度は桜のほうに向ける。

「――次期部長さんの最初のお仕事なんだ。ちゃんとできるか見守ってやりたいと思うのが親心ってもんじゃないか」
「なるほど。引退した隠居のばあちゃんの、最後のおせっかいってところか」
「……殴るよ衛宮」

 と、殴ってからそう言う綾子。まあ、これはシロウの自業自得ですね。
 それにシロウと綾子にとって他愛のないじゃれあいだというのは、笑いあっている二人を見ればわかることですし。

「ま、桜はしっかりしてる子だからさ。あたしなんかが心配しなくたってきちっとしてくれるのはわかってるんだけどね」
「……だな」

 二人の言う通り、桜はややぎこちなくはありますが、集まっている人たち一人一人に、丁寧に弓の持ち方や弦の引き方などを説明している。他の部員たちに対しても物怖じすることなく指揮官として指示を出しているようですし、これならば心配することなどないでしょう。
 元々細かいところにはよく気がつきますし、やや内気なところもありますが、それさえ克服すれば彼女は集団の長に向いているのかもしれませんね。

「あ、先輩! セイバーさんも。来てくれたんですか?」

 と、とりあえず客をすべて捌いた桜がこちらに気づいて駆け寄ってきました。
 彼女もまた綾子と同じく弓道部の道着姿で、こうしていると普段は柔らかい雰囲気の桜も少し凛々しく見えるような気がする。
 そうは言っても桜は桜なのですが。
 シロウは駆け寄ってきた彼女をまぶしげに見、笑みを浮かべながらイリヤスフィールにするように彼女の頭を一つ撫でる。

「おう、桜が働いてるところを――っていうか、藤ねえが悪さしてないか見にきたんだが」
「え? えーっと、その……藤村先生は……ごめんなさい先輩、わたしじゃ止められませんでした」
「いいって、別に桜が謝るようなことじゃないし。それにあの虎は――って!」

 言いかけたところでシロウの頭にどこかから飛んできた矢が突き立つ!

「シ、シロウ!? ……む、吸盤?」

 慌ててシロウの頭から矢を引き抜いてみると、本来鏃がついている部分は吸盤になっていて殺傷力など皆無でした。
 しかしいったい誰が――そう思い、矢が飛来したほうを見ると、

「こらー! 私を虎と呼ぶなーーー!」

 ……大河がバーサーカーの肩の上で、残心の状態でこちらを睨みつけていました。この距離でシロウの声を聞き取ったのですか。本気で野生ですね。
 辺りに響き渡るような咆哮を上げて、バーサーカーの肩から降り……ようとして、途中で落っこちた大河がこちらにやってきた。ちょっと涙目です。大河はシロウに虎と呼ばれると泣く。誰に言われても怒るのは同じだが、泣くのはシロウだけだ。

「ううー、ひどいじゃないのよう、私を虎って呼ぶなっていつも言ってるじゃない」
「うっせ。そんなことよりバーサーカーを連れ出してあんなくだらないことしてたのかよ、藤ねえ」
「学校にいる時は藤村先生って呼びなさい!」

 ばたばたと手足を振り回している大河は、どう贔屓目に見ても教師には見えません。聞き分けのない駄々っ子という感じです。
 が、どうせこのような姿をこうもあっさり見せるのはシロウの前だけなのでしょうし、これもまた彼女の魅力なのですが。しかしまがりなりにも教師であるというのに、シロウがいるとはいえ生徒たちの前でこのようなあられもない姿を晒すのはどうかと思う。
 そう思い辺りを見回してみたが、他の部員たちはこちらに目もくれず、自分たちの役目を黙々とこなしていました。

「……なるほど、そういうことですか」
「ん、なにがだい?」
「いえ、こちらのことです。気にしないでいただきたい」

 聞いてくる綾子を制し、私は一人納得する。
 つまるところ、大河は既に他の部員たちにも本性が知られてしまっているということなのでしょう。

 まあ、そのようなことは些細なことです。それよりも、

「桜、バーサーカーは結局あそこで何をやっているのですか?」
「ああ、えっとですね。バーサーカーさんにはなんと言いますか、その、射の的になってもらってるんです」
「射の的?」

 シロウが問うと、桜がぽんと手を打ち合わせてこっくりと頷いて、合わせて揺れた黒髪からさらりと艶が零れた。

「はい、ほらデパートの屋上とかにあるじゃないですか、鬼の的当てみたいなの。あれです」
「なるほどな……でもまさか無理矢理やらせてるわけじゃないよな」
「もちろんですっ。そんなひどいこといくらなんでもしません。ちゃんと交渉の末に、セイバーさんの身柄と引き換えに了承をいただきましたっ」
「……待ってください。非常に聞き逃せないことを聞いたような気がするのですが」

 私の耳が確かならば、桜は『私の』身柄と引き換えと言いました。
 無論、私は交渉の材料となることを了承した覚えなどありません。しかもバーサーカーに身柄を明け渡すとなれば、間違いなくあれではないですか。
 私はまだ乗り物酔いを克服していないのです。それは桜も知っているはずだというのにこの仕打ち。到底看過できることではない。

「桜……!」
「わたし、今度ケーキ焼こうかなって思ってるんですけど、セイバーさん食べにきませんか?」
「仕方ないですね。ちなみに私はイチゴのショートケーキが好みなのですが」

 他ならぬ桜の頼みですしここは快く引き受けるのが大人の態度というものです。決して食い意地が張っているわけではありませんから、そんな目で私を見ないでください、シロウ。

「桜、アンタって子は……成長したって喜んでいいのかね、これは」
「わたし、姉さんの妹ですから」
「ああ……そういやそうだっけね。遠坂の、妹か……」

 桜のひどく説得力に満ち満ちた言葉に綾子が諦めたように項垂れた。

「まあ……なんだ、セイバー」
「はい?」
「結局のところ俺たちはここに何しに来たんだろうな? なんか藤ねえが馬鹿やってて、桜が遠坂の妹だってこととセイバーが食い意地張ってるってことを再認識しただけのような気がするんだが……」
「……立派に用を果たしているではありませんか」

 私の肩に手を置きながらなにやら曖昧な笑みを浮かべているシロウに、悔し紛れに投げやりな言葉を返す。いいではないですか。元より弓道部には来るつもりだったのですから、それだけでもここに来た意味はあるというものです。

 そもそも――。

「いいけどさ。俺はセイバーと回れればそれでいいんだし、おまえが楽しんでくれてるならそれで」
「……それはそうかもしれませんが、私としてはシロウにも楽しんでいただきたいのですが」
「ああ、それなら大丈夫。俺だって楽しんでるよ」

 ――ならばいいのです。

 私一人だけ楽しんだところで何も意味はありません。せっかく二人で回っているのですから。

「■■■、■■■■■ーーー!」

 バーサーカーの咆哮が上がる。どうやら誰かが大当たりを出したようだ。彼の胸の辺りに描かれた的の中心に、吸盤のついた矢が見事に突き立っている。

「せっかくですからシロウ、我々もやってきましょうか」
「そうだな。せっかくだしな」

 まだ腕は錆びついていないはず。これでもかつては百発百中と称えられたこともあるのです。
 良い機会ですから私が弓術にも通じているところを見せて差し上げるとしましょうか。