らいおんの小ネタ劇場
2004 年 11 月 4 日
第 139 回 : 文化祭・二回目
「しかしシロウ、文化祭とは言いますが、今の出し物などは文化と何か関係があったのでしょうか?」
暗幕で仕切られた教室から出てきて、ふと思ったことを聞いてみる。
何やら物々しい飾り付けがされていたので興味を引かれて入ってみたのですが、はっきり言ってこの部屋で何をしていたのかよくわからなかった。
明かりを落としたくらい部屋で、物々しい格好をした学生たちが突然飛び出してきたりしただけで、最後まで文化的な何かがあったようには思えない。
「いったい今の部屋には何があったのでしょう」
「んーとな、今のはいわゆるお化け屋敷というやつで、文化祭にはお約束というか……まあ、俺たちを怖がらせようとしていたわけだ」
「怖がらせる? あれでですか?」
彼らの物々しい格好はそのためだったのですか。しかし、あれでこの私に恐怖を与えようなどとは片腹痛い。特に最後の猫の格好をしていた女生徒などはむしろ恐怖を感じるよりも先に、可愛らしさを感じたくらいだというのに。
私を怖がらせたくば、寝起きの枕元に間桐蔵硯を持ってくるくらいしてもらわなくては。……実際されても困りますが。
「さすがに俺もあれで驚くのは無理だと思うけどさ。いいんだよ、あれはあれで」
「ふむ……奥深いですね、文化祭」
「いや別にそんな難しいもんじゃないぞ。文化祭なんて仰々しい名前はついてるけど結局はお祭りなんだから、ぱーっと楽しめればそれでいいんだよ」
「むぅ。ですがやはり文化のための祭りというくらいなのですから、少しは趣旨に沿ったことをしてもいいのではないでしょうか」
「……そういうことは手の中にあるクレープを全部食ってから言ってくれよな」
少し呆れたような揶揄するような、そんな視線を向けてきて含み笑いを漏らす。
……なんてことを言うのでしょうか、シロウは。
全て食べてしまえと言われても……せっかく美味しいのですから、味わって食べたほうが良いと思う。それが作ってくれた者に対する礼儀ではありませんか。だいたい味わいもせずに急いで食べてしまってはもったいないですし、それに――。
「これはその、ちゃんとした食文化というものですから良いのです」
「ああ――なるほど食文化か、確かにそりゃ大事だよなぁ」
言いながらシロウは吹き出して、私の頭を乱暴にかき混ぜてきた。何がそんなにおかしいのかわからないが、なんだか釈然としません。
……が、そんなことと関係なく、クレープはやはり美味しい。
クリームの柔らかい甘みと酸味のあるイチゴの甘みがとても幸せな感じです。
「あーっ、シロウだーーー!」
と、クレープの幸せに浸っているところに飛んでくる聞きなれた少女の声――と、身体。
廊下の向こう側にいたイリヤスフィールが、いつも通りに長い助走距離を経てシロウの首に飛びついてきた。
「よう、イリヤ。楽しんでるか?」
「うんっ! なんかね、全然意味の判らないヘンなことばっかりで楽しいよ!」
「そりゃ良かった」
シロウの首にぶら下がってぐるぐると回りながら、楽しげに笑うイリヤスフィール。それはいいのですが――。
「イリヤ、そろそろ止まらないと、シロウが窒息死する」
「えー」
「えー、ではありません。シロウ様のお命はともかく、淑女たるものこのようなところで人死にを出してはいけません」
何気に聞き捨てならないことを言いつつも、シロウの首にくっついているイリヤスフィールをセラが引き剥がし、唇を尖らせてぶつぶつ言っている彼女の頭を優しく撫で梳きながら、リーゼリットが片手をあげて挨拶してきた。
「ちゃお」
「ちゃお。二人も一緒に来てたのか」
「もちろんです。これだけ多くの人間がいる中に、イリヤスフィール様をお一人にするわけにはいきませんから」
青紫色になっていた顔色を徐々に肌色に戻しながら、セラと深々と礼を交わすシロウ。
リーゼリットとセラ。いつ見てもこの二人は対照的です。顔立ちは双子かと思わせるほどに似通っているのに、性格はまったくの正反対だ。
まあ、それはまったくもって今更なことなので良いのですが――
「イリヤスフィール、何故あなたは浴衣を着ているのですか?」
――何故かイリヤスフィールは、あじさい色の浴衣に身を包んでいた。
髪もいつもと違い、ちょうど凛がいつもしているように、二つに結い上げている。履いているのもいつもの靴ではなく下駄ですから、彼女が動くたびにからころと音を立てて、先ほどから周囲の目線を集めていた。
もっともそれだけが理由ではないでしょう。
浴衣を着て髪型を変えたイリヤスフィールは、正直に言って可愛らしいと思う。そんな彼女が楽しげに笑っていれば注目を集めないほうがおかしい。
『ちくしょう……』
『おのれ衛宮……』
『ロリコ……』
などという声も聞こえてきますし。シロウは別に特殊な趣味を持った人間ではないのですが……わざわざ訂正して差し上げる必要もないでしょう。
このように良くも悪くも非常に目立っているイリヤスフィールですが、彼女自身は気づいているのかいないのか、周囲にはまるで頓着などする様子もなく、自分の格好を見下ろしながら首を傾げている。
「あれ? 浴衣ってお祭りの時に着るものじゃないの?」
「いえ、その認識は確かに間違ってはいませんが、あなたの言っている祭りと今日の祭りは少々違うものかと」
同じ祭りでも、文化祭に浴衣というのはさすがに違うと私でもわかる。
「ふぅん……そうなんだ。間違っちゃったんだね。……ねぇ、シロウ?」
「ん? どした?」
イリヤスフィールはしばし自分と周囲とを見比べていたが、やがて納得したように頷いて、そばにいるシロウを見上げた。
そしてその場で、自分を見せるようにくるりと軽やかにステップを踏んで、
「これ、似合ってない? ヘンかな」
少しだけ不安げに問いかけた。
となれば……無論、シロウの答えなど一つしかない。きっと私でも同じことを答えると思う。
「いいや、良く似合ってる。イリヤは可愛いぞ」
「……うんっ。シロウがそう言ってくれるならいいの。わたし、シロウ以外の人になんて思われても別に良いもの」
予想通りの答えにイリヤスフィールは満面の笑みを浮かべてシロウの腕にぶらさがるようにしがみつく。
端から見ると、本当に仲の良い兄妹に見えて微笑ましい。
「良かったですね、イリヤスフィール」
「ふふん、羨ましいでしょセイバー。でもダメよ、シロウはあげなーい」
「……別にあなたの許可を得る必要はないのですが」
せっかくこちらが素直に喜んであげたというのにこの憎まれ口。一度シロウに妹の教育について語って差し上げる必要があるでしょう。だいたいシロウはイリヤスフィールに甘すぎるのです、まったく。
「そういえばイリヤ、バーサーカーはどうしたんだ? ……あいつじゃさすがに校舎には入れないとは思うけど、外で待ってるとか?」
そういえばといえばそういえばですね。いつも彼女と行動を共にしている彼のサーヴァントの姿がありません。
とはいえシロウの言う通り、彼では大きすぎて校舎に入ることはできませんし……。
「バーサーカーは、タイガに連れてかれた」
「藤ねえが? ……いったい何やらせる気なんだか」
「何でも部活動の出し物に協力していただきたいとか」
部活動……弓道部ですか。
大河とバーサーカー……珍しいといえば珍しいですが、それだけに何やら気になる組み合わせです。
弓道部には桜も綾子もいますし、そう心配することもないと思いますが――
「シロウ」
「ああ、わかってる。ついでだし、様子見に行った方がいいよな」
――互いに顔を見合わせて小さくため息をつく。
まあ、桜と綾子にも会えますし、どうせ見に行こうと思っていた場所ですし。
というわけで、次は弓道部ですね。バーサーカーはいったい何をやらされているのやら。