らいおんの小ネタ劇場
2004 年 11 月 3 日
第 138 回 : 文化祭・一回目
今日は私立穂群原学園の文化祭です。
普段はこの学園に通う学生や教師しかいない校舎の廊下には、シロウたちと同じ年頃の学生やまだ小学校か幼稚園かという子供たちに彼らの母親など、老若男女問わず、多くの人たちで賑わっている。最終日の今日は一般開放日なのです。
だからだろうか、各教室で出し物をしている学生たちのテンションはひどく高ぶっていて、傍目にも楽しげであった。
そして私はといえば――。
「……何故、私はこんなことをしているのでしょうか」
後ろから歓声をあげながらついてくる子供たちを引き連れて、こっそりため息をつく。
「らいおんさんー、らいおんさんー」
「でもこのライオン、ちょっとぶさいくだぜー」
――それは私のせいではなく、これを作ったメディアのせいです。
声を大にしてそう言ってやりたいところだったが、決して声を出してはいけないと凛に厳命されているのでそれも叶わない。もちろん別に凛の命令に従う理由は私には無いのだが、シロウにまでお願いされてしまっては仕方が無いのです。シロウは私のマスターなのですから。
まあ、いいです。
この任務が終われば休憩時間です。そうすればこの獅子の全身きぐるみともお別れです。
確かに私は獅子は好きですが、いくらなんでも自分自身が獅子になりたいとは思っていません。そのあたりを凛はわかっていない。
『セイバー、あんたライオン好きなんでしょ? だからライオンのきぐるみ被って客引きしてきてね』
何がだからなのか全く理由になっていませんが、協力すると承知してしまったのも事実です。過去の過ちの清算をこのような形でしなければならないとは……我ながら不覚でした。シロウもシロウです、わかっているなら教えてくれても良いものを……。
しかし愚痴を言ったところで始まらない――というより愚痴を言うことすら許されていないのだから諦めるしかない。
それにしてもつくづく理解しがたいことばかり起こるものです。数ヶ月前、聖杯戦争に際してセイバーのサーヴァントとして呼び出された時にはよもやこのような格好をして客引きをする羽目になるとは思っても見なかった。
もちろんだからといって――この時代に生きることに嫌気がさすなどということは、ありえないことだけれども。
「……凛」
「あら、お役目ご苦労様。悪いわねー、こんなことやらせちゃって」
「最初に聞かされていれば決して引き受けませんでした。獅子のきぐるみは暑苦しいですし」
「ま、そう言わないでよ。うちのだってああして働いてるんだし」
凛が指差した方向には憮然とした表情で紅茶を淹れているアーチャーの姿があり、その表情が内心を雄弁に語っていた。
『何故、私がこんなことをしなくてはならんのだ』
と言っても、それは凛のサーヴァントになってしまった時点で諦めてもらうしかないだろう。直接的に彼女のサーヴァントではない私でさえこの様なのだ。これで万が一、彼に何事も無かったとしたら、私が何かやらせています。例えば私の代わりとか。
「……セイバー。何か君は不穏なことを考えていないかね?」
「気のせいです。いいですからきちんと己の分を全うしてください」
「言われなくてもわかっている。……まったく、凛はマスターとしての実力は申し分ないが、人格的にほとほと問題がありすぎる」
ぶつぶつと文句の多いサーヴァントに、凛は柄の悪い視線を向けていたがそれ以上何も言おうとはしない。まあ、場所が場所ですし無理もない。
「おい、遠坂、さぼってアーチャーを脅してないで、おまえもちゃんとウェイトレスやってくれよな」
「む、別にサボってたわけじゃないわよ」
「いいからほら、これあっちのテーブルな」
「りょうかーい。セイバー、後はもういいからもう休んでていいわよ」
そう言ってシロウからケーキセットを受け取り窓際のテーブルに向かっていく凛の姿は、いわゆるメイド服というやつだ。
ただ普通のそれと違うのは、あくまっぽい耳と尻尾が伸びているところだろうか。他の女性とが着ているメイド服は普通のものと全く同じだが、凛のものだけ特別製なのだそうです。……なんだかんだと言ってきちんと着て、自分の役目をこなしているところなど誠に凛らしい。
先ほどアーチャーに向けていた目つきの悪さを微塵も感じさせず、見事に猫を被りとおした営業用の笑顔で接客する凛。
同じ女の目から見ても凛は美しい少女だ。
故に今彼女が接客している男性のように、彼女の笑顔に魅了される者は多い。今、この店に来ている男性客の半分は、彼女が目当てであると言っても過言ではないと思う。
「真実を知らないというのは幸せなものですね」
ふと、思ったことが口をついて出てしまった。
顔を赤くして凛の後姿に見入っている彼が、例えば普段の寝起きの凛の姿を見たらどんな表情をするだろうか。
ああ、でも真実を知らないというのは不幸なことでもあるかもしれませんね。
凛の本当の笑顔は、あのような作り物とはまるで比べ物になりませんから。
「セイバー」
と、ぼんやりと凛の仕事振りを見ていたらいつの間にか、いつもの制服姿に着替えたシロウが傍に立っていた。
「悪い、待たせたな。俺も今、休憩時間に入ったからさ、約束通り一緒に回ろうぜ」
「あ、はい! 申し訳ありません、シロウ」
「別に謝る様なことじゃないだろ。それに俺だってセイバーと回りたいって思ってたんだし」
「……はい」
さらりと私だったら赤面してしまうようなことを言ってのけるシロウ。おかげで何も言っていない私のほうが赤面してうつむいてしまう。
いつもながら自覚も無くこのようなことを言ってしまう彼は少々卑怯だと思うが、今更なので気にしても仕方のないことと我慢することにした。
そんなことよりも、今日はせっかくの文化祭なのだし、可能な限り楽しむのが今私のすべきことでしょう。
「では、シロウ。参りましょうか。……エスコートのほう、よろしくお願いします」
「了解、お姫様。ああでも、その前に着替えてからにしような」
苦笑を浮かべてそういうシロウに、今の自分の姿を見下ろしてみる。
「……不覚」
まだ獅子のきぐるみのままでした。
どうやら私も、周りの雰囲気に当てられて少し浮かれているようですね。