らいおんの小ネタ劇場

2004 年 11 月 1 日


第 137 回 : 慣れってもんです

「おーいさくらー、あれどこやったっけー?」

 庭で並んで洗濯物を干していた私と桜の背中に、居間の方からシロウの声がかかった。
 シロウはどうやら探し物をしているようですが、あれとはいったい何のことでしょう。

「あれですか? あれだったら多分たんすの三番目の奥にあると思いますけどー」

 が、しかし桜はシロウの言うあれがなんなのか、わかっているらしい。至極あっさりとそう答えると、何事もなかったかのように洗濯物に戻る。
 しばらくすると「あったあった」というシロウの声が聞こえてきた。
 どうやら桜の言うあれとシロウの言うあれに違いはなかったようですが……。

「? どうしたんですか、セイバーさん?」
「い、いえ……なんでもありません」

 桜は首を少し傾げるて不思議そうな顔で私を見ていましたが……。
 その顔をしたいのはどちらかといえば私のほうです。


 胸に生まれた疑問を抱えたまま、その日も夜を迎えた。
 私も桜も既にお風呂をいただき、居間でのんびりとお茶を飲んでくつろいでいる。
 ……のですが。

「あの、桜?」
「はい? なんですか?」
「何故シロウの分のお茶を淹れているのでしょうか」

 しかもわざわざ冷蔵庫から冷たいお茶を持ってきて淹れている。
 シロウは現在入浴中です。今ここにはいないし、シロウのお湯呑みで桜がお茶を飲みたいから、などという理由も考えられない。彼女の前には湯気を立てている自分のお湯のみが置いてありますし。
 しかし桜が笑って、

「ああ、それはですね――」

 と、答えるが早いか、ふすまが開いてお風呂上りのシロウが戻ってきた。

「おかえりなさい、先輩。お茶入ってますよ」
「ん、さんきゅ」
「先輩、良かったら少し肩とか揉みましょうか?」
「あー、悪いな桜、頼む」
「はいっ、頼まれましたっ」

 桜は腕まくりしながら嬉しそうに笑って、シロウの背中に回って、細い指で彼の広い肩を揉み解し始める。
 シロウはお茶を飲みながら時折「あ〜」とか「う〜」とか言いながら目を細めていた。

「やっぱり、ちょっと凝っちゃってますよ先輩。首のところなんてこりこりです。少し頑張りすぎですよ」
「そうかー? そうかなぁ……」
「そうですよー」

 などと和みきった雰囲気で話す二人を見ながら、私の疑問は更に膨れ上がる。
 シロウも桜もごく当たり前のように振舞っていますが、何故――。

「桜、ちょっと良いですか」
「? いいですよ?」
「桜は何故そのようにわかるのでしょうか……その、シロウのことを」

 だが私の言っていることが良くわからなかったのか、桜は唇に指を当て、少し考えてから首を傾げる。
 確かに客観的に見ると私の言っていることは何がなんだかよくわからない。

「ええと、ですからもう少し具体的に言いますと……昼間のシロウの探し物のことですとか、今のことですとか……。あれ、と言う言葉だけで何故わかるのかとか、何故シロウがお風呂から上がってくるのがわかったのか、ということなのですが……」
「ああ、そういうことですか」

 シロウの肩を揉む手は止めないまま、納得いった、という表情で頷く桜。

「んー、でもですね、何故と言われても別に理由なんてないんですよね。先輩のことならなんとなくわかっちゃうっていうか……慣れでしょうか」
「ああ、そうかもな。俺も桜の言うことならなんとなくわかっちゃうし」
「は、はあ……慣れ、ですか」

 そのような曖昧なことで互いにあれだけのことをわかりあえてしまうものでしょうか。

「まあ、俺も桜もいい加減付き合い長いしさ。ずっと家族みたいにしてるだろ? だからだいたいのことは、な」
「そういうことですねー。前にも似たようなことがありましたから、先輩の行動パターンはだいたいわかっちゃいます」

 ……つまるところは、だ。
 シロウも桜も互いに何年もずっと一緒にいるから、その間に培われてきた経験でお互いのことはわかってしまうということなのだろうか。
 となると、なんだかひどく桜が羨ましい。そしてあろうことか、少しだけ妬ましくも感じる。

 シロウと桜の間にある年月という名の結びつきは、私とシロウの間にある結びつきよりもずっと太くて長いものだ。今の私では到底手にすることなどできない。何故ならこれは単純に一緒にすごす時間のみが育むものだから、一朝一夕で手に入るようなものではない。
 だから私が今感じているこの感情など、緒戦は無いもの強請りに過ぎないのでしょうが――。

「はい、終わりました。それじゃ先輩、今日はお疲れなんですから土蔵に行かないでちゃんと寝てくださいね」
「うっ……わ、わかってるよ」
「後で確認しに行きますから。もし約束破ってたら怒っちゃいますからね、わたし」
「……はい」

 いつかは桜のように、なんでもわかってあげられるようになりたいと思った。
 きっとそれは不可能なことではないでしょう。
 これから先、時間はいくらでもあるのですし――私は常にシロウと共にあると決めているのですから。