らいおんの小ネタ劇場

2004 年 10 月 26 日


第 135 回 : 収穫

 我が家の庭の片隅にはライダーの家庭菜園があります。迂闊に立ち入ると石像にされてしまう危険な菜園です。
 そのライダー菜園も秋を迎え、収穫の季節となりました。
 六月頃に苗を植えたさつまいもが見事に実りを見せたのです。ライダーも週の半分くらいは我が家に訪れて世話をしていましたから感慨も一入でしょう。
 畝から覗いて見えるさつまいもの頭を見てこっそりと表情を綻ばせているのを見ると、何故間桐の屋敷の庭でなくここに家庭菜園を作るのだろうか、などという些細な疑問などどうでも良くなってきます。

 さて、本日の収穫に辺り、せっかくだからとライダーから手伝いを頼まれました。私としては断る理由などなく、快く引き受けることにしたのです。

 ……しかし。

 そう、『しかし』です。いつも思うのですが、何故こう何かある度に『しかし』とか『だが』などといった展開になるのか不思議でしょうがない。何か世界の意思でも働いているのではないかと勘繰りたくなるほどに。
 ですが今回はいつもに比べればまだましなほうです。いえ、何もなかったと言っても過言ではないでしょう。

 単に赤茶けたジャージに牛乳ビン底のぐるぐるメガネをかけているライダーの格好に倣わされているだけですから。
 ちなみに髪型も、私はいつも通りですが、ライダーは長い髪をみつあみに結っています。
 無論、この格好に何事かの意味があるのかというと全くありません。

「いもの収穫は野暮ったい格好でするものです。そういうものなのです」

 とは、ライダーの言。いつも通り説得力など皆無ではありますが、そういうものだと思って諦めるしかないのです。
 どうもこの時代に来てからというもの、潔いというか、諦めの良い性格になりつつあります。


 何はともあれ――そんな作業着で収穫をすること小一時間。
 目の前には数ヶ月かけた実りが転がっています。

「……見事ですね」
「ええ、植物を育てるという経験は初めてでしたが、想像していた以上に育ってくれました。……こうして目の当たりにすると、やはり嬉しいものですね。自分の子供に対して抱く感情とはこういうものなのでしょうか。……私は子を生した経験がないからわかりませんが」

 普段はあまり感情の動きを表に出さないライダーも、今回ばかりは素直に口元に穏やかな微笑を浮かべている。ビン底ぐるぐるメガネの奥に隠されて目元までは窺うことは出来ませんが、きっと同じように緩めているはずです。
 彼女もまた、この時代で暮らすようになって変わった。
 誰と争うこともなく、家庭菜園に精を出せるような余裕のある平穏な暮らしの中で、間違いなく良い方向に変わっていると思う。
 もしくはこれが本来の彼女の在り様なのかもしれない。こんな風に穏やかで緩やかな暮らしを愛するような――。

「さて、それでは早速焼くことにしましょう。焼いもです。丸焼きいもです」
「……ライダー」

 やはり彼女は良くわからない。子供に対して云々言っていたかと思ったら……。掴み所が無い、というのが彼女に対する最も正しい評価ですね。
 それはそれとして焼いも、私も楽しみです。
 せっかくの秋の味覚なのですから美味しくいただかなくては罰が当たるというものです。

 庭掃除をしていたバーサーカーとイリヤスフィールが集めた落ち葉の山と一緒に焼きながら、四人で火を囲む。
 今日は少し涼しいですし、冷えた手と身体を温めるのにもちょうど良い。

「あったかーい。たきびっていうのよね、これ」
「はい、その通りです。落ち葉たきですね」
「ふむ。そろそろ良い匂いがしてきましたね。どうでしょうかバーサーカー、焼けているでしょうか」
「■■、■■■」
「なるほど、七分焼けですか。相変わらず何を言っているのかわかりませんが、パントマイム、上手になりましたね」

 などと他愛の無い会話を交わしながら、のんびりといもが焼けるのを待つ。そろそろシロウたちも帰ってくる頃ですし、焼けたらお裾分けしましょう。
 高い空を上っていく落ち葉たきの煙といもの焼ける香ばしい匂い。この国、この時代で迎えるのは初めてのことですが……なんとも、秋ですね。