らいおんの小ネタ劇場

2004 年 10 月 25 日


第 134 回 : 文化の秋・予兆編

「文化祭、ですか」
「ああ。毎年この時期になるとどの学校でもやってるんだよ」

 夕食後、お皿洗いを手伝いながらシロウから文化祭のことを聞きました。
 ここのところシロウの帰りが少し遅いので気になっていたのですが――

「では、シロウはその準備を手伝っているのですね?」
「うん。まあ、俺に限ったことじゃなくて、学校全体の行事だから毎年この時期は忙しくなるんだけどな」

   ――うちの文化祭は特にテンションが高いし、とお皿の泡を洗い流しながらシロウは苦笑する。

 そういうことなら仕方ないでしょう。シロウの性格的に率先的に手伝い、誰よりも精力的に働くであろうことはわかっていますから。それにシロウは殿方なのですし、イリヤスフィールとは違って子供ではないのですからそんなに心配することもないでしょう。
 しかし、

「それならば結構ですが、あまり無理だけはしないよう。それでなくてもシロウは己を省みずに無理をしすぎるきらいがありますから」
「そ、そうかな」
「そうです」

 首を捻りながら聞いてくるシロウに私はきっぱりと頷いて差し上げた。
 朝起きて朝食の仕度をして、四人分のお弁当を作って学校に行き、帰ってきたら私との鍛錬に励み、夕食の仕度をして凛との魔術鍛錬に臨む。その上で時には土蔵に篭って一人で鍛錬していることもあるのだから尋常ではない。そこに更に文化祭の準備まで入るのだから、身体のことを心配されたとしても全く無理はない。
 だというのに当にシロウが一番そのことを自覚していないというのだから、困る。

「……そうかなぁ」
「そうです」
「そうかなぁ」
「そうです」
「そうかなぁ」
「そうです」
「そうかなぁ」
「……って、あんたらいつまでやってんのよ」

 お皿を洗いながら問答を繰り返していた私たちの間に凛が割って入ってきた。

「遠坂。風呂上がったのか?」
「ん。いいお湯でしたわ」

 凛は機嫌よさげに笑顔を振りまき、冷蔵庫から牛乳を出してコップに注いだ。

「ん、く……ふぅ、やっぱりお風呂上りには牛乳よね」
「んなこと言って、おまえは朝も牛乳じゃないか。遠坂が来てから、うちの牛乳消費量は確実に増えてるんだぞ」
「なによいいじゃない、牛乳。身体にいいんだし」

 そう言って凛は一杯目を飲み干して、もう一杯、コップの半分まで牛乳を注ぎながら唇を尖らせた。
 確かに凛の言う通り牛乳は非常に身体によい飲み物です。……が、彼女が乳製品を大量に摂取する理由はなにも身体によいという理由だけに限ったことではないと思うのですが……ここで言うことではないので黙っておくことにする。またややこしくなりますし。

「で、文化祭の話?」
「はい。これからシロウの帰りがしばらく遅くなるとか。凛もそうなのですか?」
「まあね。士郎だけ働かせておいてわたし一人のんびりっていうわけにもいかないから。……っと、そういえば士郎、セイバーにあの話した?」
「私に? 何かあるのですかシロウ」

 あの話、というのがどの話かは知りませんが、今のところそれらしい話をシロウからは聞いていないと思う。
 案の定、シロウは凛の問いかけに苦笑いを浮かべて首を横に振って否定した。

「ったく、しょうがないわね。こっちはちゃんと葛木先生に話し通したってのに……ま、いいわ」

 凛は呆れた風に士郎にそう言って、

「あのね、セイバー。実は文化祭であなたにちょっと手伝ってもらいたいことがあるのよ」
「手伝ってもらいたいこと……なんでしょうか」
「うん……それがちょっと言いにくいんだけど、当日までは秘密なのよ。自分でも虫の良いこと言ってるとは思うけど……頼まれてくれないかしら」
「……ふむ」

 手を合わせてくるシロウと凛。
 正直なところ、手伝うと言っても内容がわからないのは不可解といえば不可解ですし、不安もないと言えば嘘になる。
 とはいえ二人とも真剣な様子ですし、いくら秘密とはいえそう無茶なことは頼まれないでしょう。もしそうだとしたら必ずやシロウが反対してくれるはず。

 ならば――。

「了解しました、凛。私でよければできる限りの力をお貸ししましょう」
「ホント!? あー、よかった。ありがとセイバー、助かるわ」
「いえ。私としてもあなたたちの役に立てるのでしたら吝かではありませんし。元より私はマスターのためにこの時代に呼び出されたのですから」
「ん。きっとそう言ってくれると思ってた。やったわね、士郎」

 本当に嬉しそうに笑って、凛はシロウと手を打ち合わせて高い音を鳴らした。
 ふむ……いったい何をするのかはわかりませんが、こうまで喜んでいただけるのであれば、私としても承知した甲斐があったというものです。こうなった以上、例え何であっても全力で己の役目を全うさせていただくとしましょう。

「ところで凛」
「なぁに?」
「先ほど宗一郎にも同じように頼みごとをしたと仰っていましたが……彼にはいったい何を頼んだのですか?」
「ああ、そのこと。正確に言えば葛木先生じゃなくて、奥さんのほうなんだけどね」
「……メディアに?」

 はて、彼女に頼みごととはいったい?
 彼女は確かに宗一郎の妻であるから学校関係者といえばそうなりますが……私のように直接は関わってはいないというのに。

「ふふっ……気になるとは思うけど、それも当日まで秘密。きっと驚くと思うから楽しみにしててくれて良いわよ」
「はあ……」

 釈然としない気持ちは残したまま、それでも私は曖昧に頷いた。学校の行事ですし、無理な頼みではないと思いますし。
 文化祭の日は十一月三日……ですか。
 カレンダーで言うところの文化の日。なるほど、ですから文化祭ということなのですね。
 いったいこの身に任された役目がなんなのかはわかりませんが、せっかくのことですし、私も楽しませてもらおうと思う。

 ……思うのですが。
 一抹の不安がいつまでも胸中から拭えないのはいったい何故なのでしょうか? 不思議なことです。