らいおんの小ネタ劇場
2004 年 10 月 20 日
第 133 回 : やりすぎ
 にらみ合って数秒、またも動いたのは私でした。
 力強く踏み込み床板に悲鳴を上げさせ、打ち下ろす竹刀の切っ先。しかしそれは目標を打ち据えることなく、また道場に乾いた音も響かず、変わりに聞こえてきたのはやはり竹刀が風を切って走る音だった。
「ッ!」
 狙い過たず首筋に向かってきた剣先を仰け反ってかわし、飛び退いて距離をとる。
 と、同時にもう一度間髪入れずに相手の懐に飛び込んだ。
「ぬっ」
 小さく声をあげ、今度は互いの竹刀が噛み合って小さく音を鳴らす。
 鍔迫り合いとなれば分があるのはこちらだ。目と技においては敵わぬまでも、単純な身体能力においては私のほうが数段勝る。噛み合った私の竹刀が軋んだ悲鳴をあげながら徐々に相手の竹刀を押し込んでいく。
 このまま押し切ってしまえば私の勝ちだ――だが、無論そんなに甘い相手であるはずがない。
 なにせ生粋の剣士なのだ。あるいはセイバーのサーヴァントである私よりもなお、その名を冠するに相応しい者。
 アサシンのサーヴァント……この日本においてはサムライと称される男は、滑らせるようにして押し込んでいた私の竹刀を外し、避けにくい胴を狙って剣を一閃させてきた。
 だがその攻撃はまだ私の予想の範疇にあるものだった。前につんのめる身体をそのまま泳がせるようにして転がり、足元に薙ぎを打つ。無論、それだけで終わるはずもないから、片足を上げるだけで避けられたところに肩口からの当身を当てて吹き飛ばした。
「……クッ、相も変わらず手強くて嬉しいぞ、セイバー」
「ああ、それは同感です。ただ私は別に貴公が強くとも嬉しいとは感じませんが」
「まあ、そうだろうな。同じ剣士であっても私と貴様では在り様が違う故当然であろう」
 そう言ってアサシンこと佐々木小次郎は口元に歪んだ笑みを浮かべ、構えていた竹刀をゆっくりと左の脇に下ろした。
「さて、セイバー。私としてはこのまま貴様と討ち合うのも一興だとは思うのだが……どうするかね」
「……ふむ。そうですね」
 竹刀を構えたまま道場の片隅にちらりと視線をやると――そこには目を丸く開いてこちらを見ているシロウがいる。
 元々私とアサシンが剣を交えていたのも、シロウに達人同士の戦いというものを再度目の当たりにしてもらおうと思ったからです。いわゆる見取り稽古というものですね。これがシロウのためにどれほどの効果があるかはわかりませんが、見ておくのも損はないと思ったのです。
「シロウ、いかがでしたか」
「え、あ、ああ……うん。すごいな」
「ふ。すごい、か。わかりやすい感想ではある……が、興は無いな」
 どこか嘲るようなアサシンの口調に少し不快感を感じたが、確かに彼の言うことも間違いではない。
「シロウ……ただすごいではなく、私とアサシンの打ち合いから何か見取ったものはないのですか? この見取り稽古はそのためのものなのですから」
「とは言ってもなぁ……」
 シロウは要領を得ない表情で首を傾げ、
「見取ったものはないかって言われても、殆どわからなかったってのが正直なところだぞ。だってさ、考えてもみろよ。おまえら二人が本気でやりあって、ただの魔術師でしかない俺にまともに何やってるかなんてわかるわけないじゃないか」
 そう言ってシロウは自分の言葉に納得したかのようにうんうんと頷いていた。
 ……まあ確かに少し無理があったことは否めません。
 シロウは魔術師とはいえ、その身体能力はあくまで普通の人間とあまり変わりがない。視力は並外れて良いのですが、だからと言って動体視力まで同じというわけではない。そんな彼にまさに桁違いの身体能力を誇る我々サーヴァントの動きを捉えよと言われても、無理な話だったかもしれない。
「はあ……仕方ありませんね」
「悪いなセイバー、それからアサシンも。せっかく俺のためを思ってしてくれたのに」
「いえ、元々そんなに期待してはいませんでしたから、気にしないでください」
 すまなさそうに頭を下げるシロウに苦笑を浮かべて返す。これはシロウのせいではないのだから謝るようなことでもない。
 それに、アサシンにここに来ていただいたのは何も見取り稽古のためだけではないのですから。
「セイバーよ、それでは次に移ってよいのか?」
「はい。上手くいこうがいかなかろうが、どちらにしろそのつもりでしたから」
「ん? 次ってなんだ?」
 再び竹刀を構えるアサシンに首を捻るシロウ。
 そんなこと決まっているのに、何を言っているのでしょうか。
「当然、見て取って駄目だったのですから、残る手段は一つしかないではないですか」
「……おい」
「見るのではなく――身体で覚えていただきます。シロウ、覚悟を」
「って、やっぱりっ!? うわおまっ、笑いながら鎧っ!? 久しぶりにフルアーマーですかーーーっ!?」
「――だいたいあんたたちゃ、最近自分たちがサーヴァントなんだって自覚なくしかけてるんじゃないの!?」
「いや、しかし凛、これは稽古なのですし……」
「……私はセイバーに請われただけなのだが」
「シャラップ! 反省の色が見えない! この考えなし一号二号!」
 ぺんぺんと手に持ったスリッパで凛に頭を叩かれる私とアサシン。あまり痛くはないのですが屈辱です。
 現在私たちは道場の真ん中で凛に叱られている真っ最中です。理由は……その、稽古でやりすぎです。かれこれもう正座のままで二時間、ずっと叱られっぱなしです。
 そしてシロウはといえば、現在道場の片隅で桜のお腹に頭を埋めながら震えています。
 時折『ら、ライオンが! 食われる!?』と声をあげているところからして、どうやら肉食の獣に怯えているようですが……いったい何故?
 それにしても桜の妙に嬉しそうな顔が少し気にかかるのですが……シロウも殿方のくせに少し甘えすぎです。
「って、聞いてるのセイバー! ごはん抜きにするわよ!」
「は、はいっ! 申し訳ありません、聞いてます!」
「……娘よ。そろそろ私は帰らせていただきたいのだが」
「却下、ちゃんとあんたのマスターには許可取ってるから、こってり絞ってやるわ。覚悟してもらうわよ」
「く……おのれメディアめ。私を売ったか」
 容赦ない凛の言葉に項垂れるアサシン。その隣で同じようにして項垂れる私。
 ……思うのですが。
 確かに私たちはサーヴァントで、人よりも優れた力を持ってはいます。
 しかしなんだかんだと言って、最強はやはり人間なのではないかと――。
 二時間に渡り、これからまだまだ続くお説教と、やけに楽しそうな凛の表情を見ていると、そんなことを思ったりするのです。
 きっと間違いではないと思うのですが。