らいおんの小ネタ劇場

2004 年 10 月 15 日


第 131 回 : 秋といえば

 読書の秋、という言葉があるそうです。
 だからではありませんが、本を読んでいます。今から少し昔に書かれた物語で『国盗り物語』という小説です。
 まだこの日本の国が戦乱の巷にあった頃の物語です。
 この天下統一という野望を抱いた者たちの繁栄と衰勢を描いた物語に、私は時間も忘れて没頭していた。実在の歴史上の人物――特に、日本においては英雄と称される人物たちの一生は、多少誇張されることはあるでしょうが、こうして物語として読んでも非常に面白く興味深い。

 ……となると私の物語なども、この時代の人々に同じようなして読まれているのでしょうか。
 そう考えると少し面映いですね。

 しかし、面白いのは良いのですが、さすがに少々目も疲れてきました。二時間ばかりずっと本に没頭していたのですから無理もないですが。
 壁にかかった時計を見ると、時刻は既に十二時を少し回っていた。
 なるほど、道理でお腹も空くわけです。気づかないうちにお昼になっているとは。

 私が家に一人になる日は、シロウがいつもお昼ご飯を用意しておいてくれている。たいていは前日の多めに作った朝食の残りだったり、あまり時間をかけずに作れる簡単なものだったりするのだが、シロウの手による食事が美味しくないはずがない。


 読みかけの本のページにしおりを挟んで閉じて、台所に向かう。
 食事は一日の活力の源であると同時に、美味しい食事は楽しみでもある。凛などは人のことを食いしん坊万歳などといってからかいますが、美味しいものを美味しいといってなにが悪いものか。

 というわけで、今日も美味しくご飯をいただくのです――って、シロウ、ごはんはどこですか?

 台所のいつもごはんが置いてある場所には、何も載せられていない洗い晒しの白いお皿が一枚あるだけ。
 あるべきものはそこになく、ただ虚しさのみがそこにある。

「まさか兵糧攻めでくるとは……シロウ、あなたからこのような仕打ちを受けるとは思っても見ませんでした」

 糧食、水を断ち相手を戦闘不能に陥れる干殺しは、確かに有効な策ではありますがあまりにむごい。
 何故、シロウが。私はそんなに彼に恨みをかうようなことをしただろうか。昨日の鍛錬で少々やりすぎて、足腰が立たないようにしてしまったのを根に持っているのでしょうか。

「……いえ、落ち着きましょう。単に忘れただけですね、今朝は遅刻しそうだと慌てていましたし」

 あまりのことに混乱していた自分を落ち着かせ、状況を改めて判断する。
 シロウは昨夜、また土蔵で日課の魔術の鍛錬をしていたのですが――今朝はいつも起こしに来る桜が部活の用事で来れなかったのでした。
 そのことを私もシロウもすっかり失念していたためにシロウはうっかり寝坊し、その結果として、今のこの状況がある。

 ……だがしかし、状況を把握したとしてもごはんがないのは変わらない。お腹だって膨れないのです。
 などと考えていたらますますお腹が空いてきたような気がする。

「くっ……こんな時ばかりは自分が恨めしい……。もちろんシロウも恨めしいですが」

 そういえば読書の秋だけでなく、食欲の秋という言葉もありましたね。秋は実りの季節故に、食欲が増す、という意味だったはずですが……。

「なんでもいいです。とにかく私はお腹が空きました、シロウ……」


「ただいまー、ってセイバー、なにごろごろしてるんだ?」
「……シロウですか」

 夕方、帰ってきたシロウが何事もなかったかのような表情でそんなことを聞いてくるシロウに、首だけを動かして答える。

「お、おい、どうしたんだよ。なんか妙に衰弱してないか? ……まさか、魔力供給が上手くいってないとかじゃないだろうな!?」
「……いえ。そういうわけではありませんから安心してください。ただ――」

 じっ、と視線に精一杯の力を込めてシロウを睨む。

「――お昼ごはんがなかっただけですから」
「……なんですと?」

 その視線を受けたシロウがかきり、固まったところで私は少し息を吸う。

「ですからお腹が空いた私は、これ以上消耗しないようにこうして横になり、ずっと耐えていたのです。ええ、別にシロウに忘れられていたからといって拗ねているわけでも怒っているわけでもありません。必要に迫られてのことですから仕方ないのです。ところでシロウ、今夜の鍛錬はいつもより少し厳しくしようと思っているのですがいかがでしょうか。気を引き締めなおすという意味でも十分に身のある鍛錬になると思うのですがそれにしてもお腹が空きましたね。シロウの今日のお昼ごはんはなんだったのでしょうか。ちなみに今日の私のお昼ごはんは断食ですが――」


 結果として。
 今日の晩ごはんのおかずはいつもよりも豪華になったのでした。