らいおんの小ネタ劇場
2004 年 10 月 7 日
第 128 回 : 進路相談
「進路、ですか?」
「うん、進路っていうかこれから先っていうか」
食後のお茶を啜りながら何気なく聞いてきた大河の質問に、私は梨を食べる手を止めた。
「……シロウはどうするのですか?」
「俺か? 俺はいちおうこの辺の大学に進学するつもりだよ。……それから先どうするかは、そのあと考えようと思ってる」
「そうですか。大学に……」
私の進路――私のこれからは、シロウに依存すると言っても過言ではない。
シロウがたとえどのような道を進むとしても、彼と共に常にあり、彼を護るのがサーヴァントとしての私の役目です。シロウがこの街で大学に進学するというのならば私の生活はきっとこれからも変わらないでしょう。
「遠坂は確か、イギリスに留学するつもりなんだよな」
「ん。そのつもりよ。わたしも士郎みたいにこっちで大学にいくのも悪くないとは思ってたんだけど……ま、決めてたことだし」
紅茶のカップを置き、少し寂しげに微笑む凛。
彼女が言うイギリス留学とは、ロンドンの時計塔のことだ。そこでアーチャーをお供に、魔術師としての己を磨くのだろう。つまり彼女は高校を卒業すると同時にこの街を去ることになる。
帰ってくる場所は変わらずこの街なのだろうが、凛は一時、私たちの日常から姿を消すことになる。それはきっと、寂しいことなのだろう。
「桜は来年になったら三年かー。なんか考えてるのか?」
「いえ、まだ何も。ただ、もう一度先輩の後輩になりたいなって考えてます」
「あ、そうなんだ。……んー、でも桜ちゃん。士郎のこと追っかけるのもいいけど、ちゃんと自分やりたいこととか考えて決めるのよ。自分の進路は自分のために決めなきゃダメなんだから」
「はい、わかってます先生」
教師としての大河の言に、桜は笑って答えた。
大河は普段はああだが、彼女の教師としての姿勢は常に正しい。それは偏に彼女が常に教師として、生徒たちのことを思っているからなのだろう。あるいは教師としての彼女は、本当に大河にとって天分だったのかもしれない。
「あ、そういえばライダー、どうするの?」
「ん? どうするってなにを。なんかあったのかライダー」
シロウと桜に呼ばれ、ぼんやりと猫をいじっていたライダーが顔を上げ、
「はあ……どうした、というほどではないのですが」
答えて指にじゃれつかせていた猫を膝に抱いて小首を傾げる。
「先輩。実はライダー、モデルにスカウトされてるらしいんです」
「もっ、モデル!? って、雑誌かなんかのか」
「はいっ」
本人よりも嬉しそうに答える桜。ライダー自身は今ひとつぴんときていない様子であまり表情も変わっていないのですが、それでもどことなく困惑しているようではあった。
「そっかー。まあ、ライダーは背も高いし、かっこいいからな」
「……そう、でしょうか? まだ受けると決めたわけではないのですが……」
やや不躾ともいえるシロウの視線を受けながら、ライダーは自分自身を見下ろす。
確かにライダーは同性の自分の目から見てもスタイルは良いし容姿も美しい。元より神でさえその美貌に誘われたほどの彼女なのですから、この時代の人々であっても魅かれないはずがない。
彼女がその気になりさえすれば、おそらく世界中の人々を魅せることすら不可能ではないでしょう。もっともライダー自身はそれを望まないでしょうが。
「それでセイバーちゃんは、何かやりたいこととかあるの?」
「私は……いえ、別に……今は何も」
大河の問いに、私はそれだけしか答えを持っていなかった。
当然だろう。この時代の先を生きる自分など、これまであまり意識したことがなかったのだから。
シロウも凛も桜も、そして私と同じサーヴァントであるライダーにも、これから先の自分の姿がおぼろげながら見えている。
私は……ただ一つ、常にシロウの傍に在るということを決めているだけで、それ以外に何もなかった。
元よりこの時代に存在するのはただ一時だったはずだから、シロウ以外に私に為すべき事は何もない。それでいいと思っていた。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
なし崩しとはいえこの時代で生きるようになり、これからもこの時代で生きると決めた。
だが、私はこの時代にシロウ以外に自分の存在意義を見出していなかった。
無論、シロウのことは私にとって何よりも優先すべきことではあるが――それは、私が彼の荷になることと同義なのではないだろうか。それにシロウは、私が彼にのみ存在意義を持つことを良しとはしないだろう。そういう人だ。
ならば、私はどうすればいいのだろうか。どうすべき、なのだろうか――。
「……セイバー」
「! ……シロウ?」
頭に置かれた手のひらの感触に顔を上げると、そこにはシロウの顔があった。
「眉間に皺、寄ってるぞ?」
「……む」
そうなのだろうか。自分ではまったく気づかなかったが……。
思わず指でそこを揉み解すと、シロウは笑いながら私の髪の中に手を入れて、くしゃくしゃと掻き混ぜてきた。
「難しく考えるなってこと。これからいくらだって時間はあるんだからさ……俺も一緒に考えてやるから」
「!」
見抜かれていた。――いや、シロウならば。
彼は何故か、時として妙に鋭くなる時がある。それは大抵、誰かが困っていたり悩んでいたり、意識はせずとも助けを求めていたりする時で――例えば今の私にするように、突然懐に潜り込んでくる。
「……それで、いいのでしょうか」
「いいって。ゆっくり考えればいいじゃないか。時間はいくらだってあるんだし」
「……はい、シロウ」
彼がそれでいいと言ってくれるならそうしよう。時間はあるのだと、甘えさせてくれるのならば甘えよう。
撫でる手のひらは大きくて暖かい。
「ったく、ほんと士郎はセイバーには優しいわよね」
「……ええ、そうですね。私もシロウは優しいと思います」
他愛のない憎まれ口を叩く凛に逆にそう返す。すると、何故か彼女ではなくシロウの方が言葉に詰まっていた。
――焦る必要はない。
時間はある。ゆっくりと過ごしながら、ゆっくりと考えていこうと思う。……シロウと共に。