らいおんの小ネタ劇場

2004 年 10 月 4 日


第 127 回 : 金のエンゼル 銀のエンゼル

「あなたが落としたのは金の約束された勝利の剣エクスカリバーですか? それとも銀の約束された勝利の剣エクスカリバーですか?」

 私の前に現れた湖の妖精は、銀の聖剣と金の聖剣を携え、そう尋ねてきたのです。
 無論、私はここで悩みました。私は確か湖の妖精に、長らく借り受けていた聖剣を返しに来たのです。だというのにいざ返してみれば、落としたのはどちらの聖剣ですか、などと問われることになってしまったのですから、これは混乱しても仕方ありません。
 それに何より問題だったのは――。

「凛、何故あなたがこんなところで妖精などをしているのですか?」
「何を言っているのですか? わたしは遠坂凛などという天才美少女魔術師とは何の関係もありません。わたしはこの湖の妖精ですから」

 と、言われても俄かに信じる気にはなれませんでした。彼女の顔は見慣れた凛のものと全く変わりありませんでしたし、純白の羽衣にニーソックスを履いていたり、髪形をツインテールにしている湖の妖精などいないと断言できます。
 ですがここで反論してもきっととりあわないであろうことはわかっていたので、ため息と共に諦めて話を進めることにしたのです。

「では、あなたを湖の妖精と仮定したところで話を進めますが……いったい何の用でしょうか」
「ですから……あなたが落としたのは金の約束された勝利の剣エクスカリバーですか? それとも銀の約束された勝利の剣エクスカリバーですか?」

 ぴしり、と妖精のこめかみに青筋が浮かんだような気がしましたが、もちろん気のせいのはず。妖精は些細なことではこだわらないものですから。
 なにはともあれ、私の答えは決まっていました。我が聖剣はあのように悪趣味なものではない。

「無論。私が今投げ入れたのは普通の約束された勝利の剣エクスカリバーです。……というより、聖剣はあなたに返したのですが――」
「素晴らしい! あなたはなんて正直者なんでしょう」
「――って、聞いているのですか凛」

 正直者とかどうとか、そんなことより早く聖剣を返してもらいたかったのですが、凛によく似た妖精は全く人の話を聞こうとしないのです。
 ここまで来たらさすがの私にもこの後の展開を予測することができました。私とて金の斧、銀の斧の話は知っていましたから。

 ――しかし私はまだ甘かったのです。

「正直者のあなたには、褒美にこのバッタもんの約束された勝利の剣エクスカリパーを差し上げましょう」
「って、ちょっと待ってください。この場合、金の聖剣と銀の聖剣をいただけるはずでは?」
「何を馬鹿なことを。これはわたしのですから差し上げられません。ではまた会いましょう……」
「凛! 待て、せめて普通の聖剣を。おのれ凛、謀ったな……ッ!」


「――と、いう夢を見たのです。本当に不思議な夢でした……」
「あのね……なんであんたの夢にそんな役でわたしが出演してるのよ……」
「いや、なんか微妙にリアルなような気もするんだが――」
「士郎、死なすわよ」
「――いや、もちろん気のせいだよなぁ」

 凄まじい形相と視線を向けてくる凛から視線を外すシロウ。顔色が微妙に土気色になっているが無理もないでしょう。
 しかしシロウの言葉ではありませんが、夢を見ている間はこれが夢であるとは思いもしなかったほどに現実味の溢れる夢でした。目覚めた時は、それが夢であったことに心底から安堵を覚えたものです。

 しかし……ということは。
 もしや凛は本当に困窮しているのではないだろうか。私が昨晩見たあの夢は、親しい人の窮状を間接的に訴えていたのではないだろうか。

「……なによセイバー。その憐れみをいっぱいに湛えた目は」
「凛。困った時はお互い様です。私とて僅かなりとも蓄えはありますし、いざという時は我が家に来れば食事には困りませんから……」
「あんたら……主従揃いも揃ってよほど人を怒らせたいらしいわね……ッ!」


 その後、怒り心頭に達した凛にシロウ諸共散々に怒られました。
 まったく、勘違いとはいえ凛のことを想って言ったというのにここまで怒られるのは心外です。何もたんこぶになるほど強く殴らなくてもいいと思うのですが。非常に痛いのです。

 まあ……頬が腫れ上がって食事の直後のハムスターのようになった上に、ガンドを受けて寝込んでいるシロウよりはよほどましですが。