らいおんの小ネタ劇場
2004 年 10 月 2 日
第 126 回 : 二人乗り
「商店街までなら後ろ乗ってくか?」
「後ろとは……一号のですか」
買い物に出ようと玄関に出たところで、同じようにアルバイトに行こうとしていたシロウと会った。
シロウがアルバイトに行く時は歩くか、もしくは一号自転車を使うかのどちらかだ。今日はどうやら自転車に乗っていくつもりだったらしい。
三台並んでいる自転車の、一番左を引っ張り出して彼はそう提案してきた。
私の目的地はマウント深山商店街であり、シロウの目的地は新都である。
真っ直ぐに新都に向かうならば、わざわざ商店街を通っていく必要もない。そう考えると、シロウの申し出を丁重に断るべきなのかもしれない。
しかし、新都に向かう途中で商店街に寄ったところでたいした時間のロスにならないのも確かだ。商店街は殆ど新都への通り道の上にあるのだから。
――だったら。
「わかりました。それではよろしくお願いできますか?」
「もちろん。乗り心地は保障できないけど、な」
と、シロウは言ったものだが、実際のところそんなに悪い乗り心地ではなかった。
というよりも、乗り心地などはまったく気にならなかったというほうが正しいだろう。
私も最近では時々シロウの自転車を借りて出かけることはありますが、やはりこうして誰かの後ろに乗るのとではまるで違う。
自分以外の誰かが操る自転車に乗っているのは、いつもと違ってなんとなく不安定な心持ちになる。目の前で横向きに流れていく景色も、前だけを見ているときとは違ってひどく新鮮な感じがした。
シロウの駆る自転車は後ろに私という余計な荷物を乗せているのにも拘らず、よろめくこともなく真っ直ぐに走っていく。こんなところで彼の逞しさを感じることになろうとは、思ってもみなかった。
――もっともよろめいたらよろめいたで、逆に不満を感じてしまうのでしょうけど。
重たい荷物だと思われるのは、やはり不快なものなのです。
「あぶねっ!」
「!?」
シロウが小さく叫んで自転車に急制動をかけた。
ぼんやりと景色を眺めていた私は、堪える間もなくシロウの背中に顔を埋めてしまう。
「どうしたのですか、シロウ?」
「いや、猫。急に飛び出しきてきたからさ」
シロウの背中から半分顔を出して見ると、こちらをじっと見ていた子猫が一声鳴いて立ち去っていくところだった。下手をすれば自分の命を失っていたというのに、まったく猫というのは暢気な生き物だと思う。……そんなところが魅力でもあるのだが。
「悪い、怪我なかったか」
「私は平気です。シロウも、仕方のないことなのですから気にしないでください」
謝ってくる彼に言葉を返し――私はまだ自分がシロウの背中に顔を埋めているのに気がついた。
シロウはそのことに気づいているのかいないのか、だが少なくとも気にした様子はない。再び自転車を走らせ、合わせて景色もまた流れ始めた。
目まぐるしく変わる景色は、先ほどまでだったらきっとまた私を没頭させていただろう。
しかしながら、今はそれよりも頬から伝わってくるシロウの背中のぬくもりの方にばかり意識が集中していて、目に入ってくる景色は殆ど入ったそばから抜けていってしまっていた。
そんなものよりも、今はこの広い背中のほうが何よりも大事に思えた。
だから腰にまわしていた腕に少しだけ力をこめて、気づかれないくらいに軽く頬をこすりつける。
「…………」
シロウは多分気づいていない。気づいていたらきっと狼狽して何事か言ってくるだろう。
だから私も、安心してこんなことができるのだ。
商店街まではまだもう少し時間がかかる。けれど決して長い時間ではない。
「シロウ」
「ん? なに?」
「もう少し……いえ、なんでもありません」
もう少しゆっくりと走りませんか――などと言おうとやっぱりやめた。
――いくらなんでもそれは少し虫が良すぎるような気がしますし、それにあまり贅沢をしすぎるのも良くはありませんから。
そんなことを考えてる自分がおかしくて、私は思わず小さく笑みを浮かべていた。