らいおんの小ネタ劇場

2004 年 9 月 27 日


第 124 回 : えっちなのは――

 シロウたちが学校に行っている間の掃除は私の役目です。この家は広いから毎日隅から隅まで、というわけにはいかないが、家事を任された者の責任として、できる限りのことはしている。
 今日などは久しぶりに本格的に掃除をしようと思い、普段は触れない棚の中やたんすの裏、押入れの中などを掃除しようと思ったのです。

 シロウの部屋は物が少ない。故に早々に一通りの掃除を終えた私は、仕上げに押入れの中の掃除に取り掛かった。
 そして――その本が出てきたのです。

「……なるほど、これが凛の言っていた本ですか」

 表紙では自分の胸を抱えた半裸の女性が作った笑みを浮かべ、裏表紙にはなにやら電話番号が並んでいる。ページを一枚捲ると、いきなり全裸で胸の豊かなの女性がふとんに横たわった姿でこちらを見つめていた。
 いつぞや凛から聞いた、男性がよく読むいかがわしい本――所謂ところのえっちな本。
 以前、彼女が『必ずある!』と主張してひっくり返した時には見つからなかったのですが、どうやらシロウはその後に手に入れたようですね。

「ふむ。……ふむ」

 このようなものを見るのは私も初めてのこと。本来、女であるこの身が読むものではないとは思いますが、興味がないといえば嘘になる。それにマスターであるシロウのことは、どんな些細なことであれ、知っておくのは悪いことではない――はず。
 適当にページを捲りながら、ざっと内容に目を通す。使用目的がはっきりしているだけあって、どのページにもほとんど例外なく全裸、もしくは半裸の女性が写っている。ある意味、内容を理解するのにこれ以上わかりやすい本もないだろう。

「……ふむ」

 最初から最後まで簡単に目を通して本を閉じ、黙考する。

 ――さて、どうするべきでしょう。

 正直なところ、私とてシロウにはあまりこういう本を持っていてほしいとは思わない。理由はどうあれ、持っていてあまり誉められたものではないだろうし、女の身としても当然良い気分はしない。それに私もいちおう女なのに――と、これはどうでもいいことではありますが。

 だが、かといってシロウとてやはり男性。となれば、こういったものが時に必要となることくらいわかっている。姿は幼い頃のままだが、私はこれでもシロウや凛などよりも長く生きている。別段このことでシロウのことを責めようなどとは、微塵も思っていない。
 思わないのだが……どうしたものでしょうか。要はシロウにこのような本が必要なければよいのですが――

「――ッ、何を馬鹿なことを考えているのか」

 思わず脳裏に浮かびかけた考えを慌てて打ち消す。一瞬でも愚かしいことを考えた自分を恥と思う。

「……そもそも、この本の女性たちとではあまりに違いすぎる」

 自分自身を見下ろして、つい口からそんな言葉が漏れてしまった。
 ……やはりシロウも、幼いよりはもっと豊かな身体つきの女性のほうがいいのでしょうか。
 と、ふと脳裏に勝ち誇った顔をしたライダーや、含み笑いを浮かべている桜の顔が思い浮かぶ。
 無論、即刻退場していただきましたが。

 さて、結局この本をどうするかですが――


「セイバー、ただいまー」
「おかえりなさい。お疲れ様でした、シロウ」

 夕方になってシロウが帰ってきた。玄関まで出迎えてかばんを受け取り、部屋まで同行する。

「……シロウ」
「ん?」

 その道すがら私はシロウの袖を引き――他に誰もいないので特に意味はないのだが――耳元に口を寄せて囁いた。

「気持ちはわかるのですが、えっちなのはあまり良くないと思うのです」

 すると予想通り、シロウの表情が一気に凍りついた。多分、私の顔も少し顔も少し赤くなっていると思う。――その理由は自分でも良くわからないが。
 そのままシロウを伴い部屋に入ると、部屋の真ん中にきちんと重ねておいた数冊のえっちな本。あれから他にも見つかったのですが――

「あの、セイバーさん?」
「はい、なんでしょうかマスター」

 ――その光景を目の当たりにしたシロウが、首を軋ませながらこちらに振り向く。

「ごめんなさい。もうしませんからどうか他の人たちには黙っててください」

 両手を合わせて平謝りに謝るシロウ。かといって私も謝られても困ってしまうのですが……。


 結局、シロウのえっちな本は即刻庭で火葬されることとなりました。
 灰となり風に舞って、土に返っていく様を見つめるシロウの目はどことなく曇っていたようですが、まあ仕方ないでしょう。

 それにどうしてもというのであれば……いや、ありえないことですね。