らいおんの小ネタ劇場

2004 年 9 月 24 日


第 122 回 : Lunatic

「セイバー、知っていますか? 月にはうさぎがいるのです」
「それとその格好がいったい何の関係があると言うのだ」

 唐突に家にやってきたライダーは、いつぞやの忌々しい……胸の余るうさぎの格好をしていた。私はそんな彼女に鋭く切るつけるような視線を送ったのだが、気づいているのかそれとも無視しているのか、ライダーは何事もなかったように話を続ける。

「そしてこの国、ニホンにおいては十五夜という行事があるそうです。この十五夜、夜に月を見ながらおだんごを食べる行事なのですが」
「ふむ、そのような行事があったとは、私も知りませんでした。……で、十五夜とその格好と、結局いったいどういう関係があるのです」
「――つまり、うさぎに扮して月見をしようということなのです」

 ……結局、全然わけがわかりませんが。


 などという、私の主張も聞き届けられれないまま日は暮れて、空には見事に真円を描いた月が昇る。

「今頃あの月では紅白の巫女さんとかぐや姫が弾幕の撃ち合いをしてるんだろうなぁ……」
「は? 何を言っているのですかシロウ?」
「……いや、単なる現実逃避だから気にするな」

 そう言ってシロウはお猪口に注がれたお酒をくっと飲み干した。

「なかなかいい飲みっぷりですね士郎。もう一杯どうぞ」
「む、いただきます」
「シロウ、お酒をいただくのは構いませんが、あまり度をすぎないよう」

 隣に控えたライダーにお酒を注いでもらいながら、シロウは私の言葉に小さく頷く――誰とも目を合わせないように。
 後ろで飲んでいる大河と凛とも。そして台所でおだんごの用意をしている桜とも。例外は気ぐるみを着たイリヤスフィールでしょうが、唯一まともな格好をしている私とも目を合わせようとしないのはいかがなものでしょうか。

 ――とはいっても、頭にうさぎの耳は乗せているのですけれど。これがぎりぎりの妥協点だったのです。

「それにしても月が綺麗ですね」
「あ――ああ。今日は空も良く晴れてるし、いつもより月が大きく見えるな」

 こちらを横目で伺い、すぐにまた逸らしてシロウも空を見上げた。……まったく。

「シロウ、私とて好きでこのような格好をしているのではない。シロウが気に入らないのであれば、即刻外します」
「う……別に気に入らないとかそういうわけじゃないぞ。ただなんというか、その……いろいろと事情があってだな」
「事情? ならばその事情とやらを話していただきたい」

 目を細めてシロウに詰め寄る。
 私が寄った分だけシロウは身を逸らして逃げようとするが、私の手はしっかりと彼の服の裾を掴んでいる。これ以上は逃げようがない。しかしこうして詰め寄っている間も、シロウの視線は宙を彷徨い、なかなかこちらを直視しようとはしていなかった。
 不満です。何故こうも私が避けられねばらないのか。
 些細なことではないか。ただ頭にうさぎの耳が乗っているというだけなのに。

「セイバー、待ちなさい」
「なんですかライダー、今はあなたの相手をしている暇はないのですが」

 シロウを追い詰めて問い詰めることが、私にとってはなにより重要。
 しかしライダーは、そんな私を見ても首を横に振り諭すように語り掛けてくる。

「セイバー、士郎はあなたを避けているわけではありませんよ」
「避けていない? それは本当ですか?」
「あ、ああ。ライダーの言う通りだぞ」
「士郎は単に己の欲望と戦っているだけなのですから。あなたを直視すると己に負けてしまう――それを恐れているのです」
「……それは本当ですか?」
「うわぁ、何わけわかんないことぶっこいてますかー!」

 叫び、シロウは明後日の方向を見ながら必死に身振り手振りで否定する。
 ……なるほど。ライダーの言うことは確かなようだ。シロウは致命的に嘘が下手な人ですから。これだけで彼女が事実を語っているという証になる。

「ではセイバー、私は桜を手伝ってきますから。後は何なりとお好きなように」

 月明かりの下で彼女は僅かに微笑んで、桜の元に向かっていった。
 あとに残されたのはそっぽを向いたまま顔を赤らめているシロウと、彼の傍らでとっくりを持っている私。

「シロウ、とりあえず杯を干してしまってください」
「……ああ」

 シロウは言われた通りに手にしたお猪口を傾けて、中身を一気に飲み干す。そして私は、無言で空になったシロウの杯を満たした。

「……昔から、月には人を狂わす魔力があるといいます」
「…………」
「ですから……今日、空に月が輝いている間だけは――触ろうと愛でようと、シロウ、あなたのお好きなように」
「っ! げほっ!」

 私の言葉にシロウは慌てて杯を傾け少しむせていた。
 自分でも、かなりとんでもないことを言ってしまったような気がする。

 ですが――私もこの月の魔力に酔ってしまったことですし、これは仕方ないのことと諦めるしかない。
 月は人を狂わせる。私もシロウも、この夜だけは月の輝きに身を任せて存分に狂うとしましょう。