らいおんの小ネタ劇場

2004 年 9 月 22 日


第 121 回 : 手弁当

 きっかけは些細な――いえ、あまり些細とは言えないような気もしますが――些細なことだったのです。
 先日の昼食の時間、由紀香がシロウに言った言葉。

『衛宮君、もし良かったらなんだけど、今度また、お弁当食べてくれませんか?』

 別に気に障ったわけではない。
 由紀香は良い人だし、彼女の作る食事もまたシロウに劣らず美味しいということは知っている。私も少し頂きましたし。
 だから彼女がシロウのために弁当を作るのは問題ではない――と、思うのです。

 ですが、彼女のその言葉を聞き、シロウが受け入れてからというもの、どうにもそのことが心に引っかかっている。いえ……はっきりと認めたほうがいい。私は、口惜しいと感じていたのです。そして何故と己に問いかけるまでもない。

 私はずっと戦いの中に己を置いて生きてきました。
 包丁の代わりに剣を持ち、エプロンの代わりに鎧を身につけて、女らしいことなど何一つ知らないままに、またそれで良しとして生きてきた。
 だが、今このような平穏の中にあっては剣は無用であるし、鎧もまた脱いで然るべき。一朝事があれば私はまたシロウの騎士として戦の中に戻れるよう、常に覚悟を持ち続けていなければなりませんが、少なくとも今はその時ではない。

 究極的に言ってしまうと。
 私はこの時代、この平穏な時にあってはシロウのために何もしてあげることができない。ただ、してもらうばかりなのだ。
 シロウにそう言っても、彼は間違いなく否定するだろう。理由はなくとも――私の存在そのものが理由であると、きっとそう言ってくれる。彼のためになにもしてやれなくても、彼のことをもっともよく知っている者の一人であると自惚れさせてほしい。
 シロウは優しい人だから、きっと――優しい言葉を与えてくれる。
 だが私はそれになにも返してあげられない。わかっていたことだが、今日改めて再認識した。
 今までは、シロウの周りにいたのが凛や桜、イリヤスフィールのような極めて近しい人たちばかりだったからそのことに思い至らなかったのかもしれない。


 誰もが寝静まった時間に、わざわざこうして台所に立っているのはその為なのです。
 眠ってしまわぬように眠気に耐え、誰も起こさぬように気配を消し、慣れない手つきで握ったおにぎりが三つ。
 無論、シロウや由紀香が作るものとは比べるのがおこがましいほどに不恰好ではある。きちんと三角形にならず、いびつな球形になってしまっているし、一つは硬すぎてもう一つは柔らかすぎる。残った最後の一つがようやくちょうどいいくらい。
 一番最初に握った試しの一つは、塩加減が悪くて少し辛かったのだが、この三つはどうだろうか。まさか食べてみるわけにも行かず、できることといえばこれで良しとするか否か、悩むだけ。

 とはいえ――どちらにしろ、これ以上はもう新しいのを握りたくても握れないのだが。
 炊飯器に残っていた今晩のごはんの残りは全て使ってしまった。朝起きてきてシロウが不審に思うかもしれないが、それは致し方ない。ともあれ、この三つがうまく言っているかどうかは、もはやシロウに食べてもらう他に確かめようがない。

「はぁ――」

 ため息を小さく吐き、首から下げていたエプロンを外す。ただそれだけなのに、急に体が軽くなったような気がしたのが驚きだった。
 だが、不安は尽きない。
 自分が作ったものが、果たしてシロウのためになるのか――喜んでもらえるのかと思うと、不安は尽きず湧いてくる。

「まったく……全部、シロウのせいです」

 目を閉じて今も太平楽に眠っている彼に悪態をつく。反対に、口元には何故か笑みが浮かんでいた。


 結局私の不安は、翌朝の食卓でシロウにかけてもらうまで解消されることはなかったのですが――そのひと言だけで心の天秤がまるで逆方向に傾くのだから――我ながら実に現金なことだと思う。