らいおんの小ネタ劇場

2004 年 9 月 13 日


第 118 回 : 道路交通法

 いつも通りの朝、いつも通りのシロウの朝食、いつも通りに和やかな食卓に、突如としてその男は帰ってきました。

「久しぶりだなセイバー! そして雑種!」
「……本当に久しぶりですね、ギルガメッシュ」
「ラスベガスで素寒貧になってからしばらく見なかったから、どうしたのかと心配してたんだぞ」

 そう、米国にギャンブルに行くと言って旅立ち、簀巻きになって帰ってきて以来全く姿を見せなかった人類最古の英雄王が、再び帰ってきたのです。

 まだ残暑も厳しいというのに首元を覆うふわふわの毛皮と金色に光る金箔入りのコート、五本の指に嵌められている凛が飛びついて強奪しそうな大きな宝石の指輪、蝶の羽のように張り出した何か勘違いしているとしか思えないサングラス。
 平たく言って、ギルガメッシュの出で立ちは簀巻き以前よりも更に派手になっていました。間違った方向に。

「おまえ、いったいどうしたんだよ。博打ですって一文無しになったんじゃなかったのか?」
「たわけ、雑種風情の物差しで我を測ろうなどとは片腹痛いわ。忘れたか、我の往くところには常に黄金が付き従うのだ」
「ああ、そういえばそうだったけ、黄金律」

 ぽんと手のひらを打ってシロウが納得と頷く。
 ギルガメッシュが持つスキル・黄金律。凛に金ぴかと言わしめる彼の金回りのよさは、全てこのスキルを持っているが故のこと。彼女は豚に真珠だとか猫に小判だとか言っていましたが、私も同意見だ。あのような男に無限の財力を持たせるなど、キチガイに刃物としか言いようがありません。せいぜい、イリヤスフィールの月々のお小遣い一五〇〇円と同じくらいで十分です。
 人格者であるバーサーカーですら三〇〇〇円と米穀通帳しか貰っていないというのに、あまりにも分不相応というものだ。

「で? また金ぴかになったおまえがうちになんの用なんだよ」

 今朝飯食ってるんだが――そう言って湿っぽい目つきで睨むシロウの態度など意に介さず、というより全く気づいた様子もなく、ギルガメッシュは一つ鼻で笑うとどこまでも居丈高に、

「ふん。今日はだな、王たる我が高貴なる身分の者にしか手に入れられぬ代物を、雑種である貴様に見せてやろうと思ってな。なに、頂点に燦然と輝く王たる者、支配する民草に憐れみを施すのは当然のことよ。感謝など無用だ」

 などと言い放ち、まるで路傍の塵芥でも見るような蔑みの視線を向けてきた。

 故に――我が全身に凄愴の気が漲ったのは無論のことである。

 このアルトリアのマスターであるシロウに対しそのような無礼、見逃すことなどできようはずもない。如何な日々の温もりの中に剣を持つ手を緩めていようとも、決して刃を鞘に納めたわけでも、ましてや手元から離したわけでもない。
 一朝事があらば、すぐにでも我が剣はシロウの敵へと向けられる――例えば目の前にいる不貞の輩などにだ。

 だが当のシロウはといえば、一つ小さなため息をつくと、どうでもよさげに頭を掻き毟った。
 と――今にも殺気をぶつけようとする私の肩に手を添えて、身体をそっと自分の方に引き寄せる。自然、私の身体はシロウの腕の中にすっぽりと納まることになり、おまけに肩口をしっかりと抱きとめられてしまったからには、身動きすら取れないわけで――

「う……! な、なにをするのですか、いきなり……」
「要するに結局……高い買い物したからわざわざ自慢しに来たってか? ス○夫みたいな奴だな」

 ――私は当然抗議の声を上げるが、シロウはそんな私に構わず思いっきり呆れを含んだ視線を以って蔑みの視線に対抗していた。
 シロウはギルガメッシュの言うこと為すこと、全く気にしていない。ただそうであるものとして受け流しているだけだった。

「で、いったい今度はなにを手に入れたんだよ。おまえがわざわざ自慢しに来るくらいだからよっぽどのものなんだろうけど」
「うむ。まさに王たる我に相応しい一品であるとしか言いようがないな。来い、雑種。貴様の目にも入れることを許そう」
「はいはい、ありがたき幸せにござい」

 意気揚々と歩いていくギルガメッシュの背中を見送りながらシロウは気のない返事をする。
 しかし……それにしても、だ。

「…………」
「ん? なに膨れてるんだ、セイバー?」
「……シロウは卑怯です」
「? なんでさ」

 これでわからないと言っているのですから余計卑怯だと思う。
 問答無用とはまさにこの事、抵抗する暇も与えず従わせるなど卑怯以外のなんだというのでしょうか。
 ギルガメッシュを追うシロウに手を引かれて歩きながら、私はぶつぶつと我がマスターの悪口を何度も繰り返していた。


 で、ギルガメッシュが手に入れたとかいう王たる彼に相応しい一品は、我が家の門の前でパトカーに駐車禁止を食らっていました。

「ぶ、無礼者が! 貴様ら、いったい誰の所有物に駐禁の札など貼っていると思っている!?」
「あー、はいはい。わかったからお兄さん、とりあえず免許証出してね」
「免許だと? ふん、王がいったい誰にどんな許しを請わねばらなんというのだたわけめ」
「……お兄さん、免許持ってないのね?」

 そしてついでに、ギルガメッシュ自身は免許不携帯で警察の方々に連れて行かれてしまいました。
 私とシロウは、道路交通法違反でお縄になったギルガメッシュと彼の愛車とやらをただぼんやりと見つめているしかなく――

「……メシの続きにするか」
「はい、そうですね」

 ――とりあえず事の顛末を見送った後に、中断していた朝食を再開することにしたのでした。