らいおんの小ネタ劇場

2004 年 9 月 11 日


第 116 回 : 残暑

「あっ……つい」

 白い薄手のシャツに紺色のスカートという涼しげな出で立ちのイリヤスフィールが、全力稼動している扇風機の前に陣取ってなおそんなことを言った。
 八月も終わり九月も半ばになろうかという今日この頃、夏の厳しい日差しも徐々に過去のものとなって忘れかけていた頃に、またあの溶けてしまうかのような日差しが空に帰ってきました。
 ぎらぎらと照りつける太陽は突き刺さるような虹色の光を地面に投げかけ、容赦なく私たちを責める。天気予報でも真夏日と言っていましたが、下手をすればその真夏の日の頃よりも今日は暑いと感じられる。

 故にイリヤスフィールが犬のようにだらしなく舌を出して、なんとか涼をとろうとする気持ちもわからなくはない。
 ――真似をしたいとは思いませんが。

「あーもう、暑いのっ! シロウ、なんとかして!」
「なんとかしろって言ってもなぁ……無理なもんは無理」
「それじゃアイスー!」
「さっきも食ったろ。あんまり冷たいもんばっかり食べてると腹こわすぞー」

 わがままを言うイリヤスフィールを適当にいなしながら、シロウもまたぐったりとだらけている。
 我がマスターながら少々見苦しいですが、まあ、今回ばかりは見逃して差し上げましょう。

「……あー、セイバー?」
「む。なんですか、シロウ?」
「いやな……暑いのはわかるんだけどさ……」

 と、シロウはふと頬を赤らめてこちらを指差し、

「そんなにシャツの胸元引っ張ると、その……目のやりどころに困る」
「……申し訳ありません」

 言われて、私もまた頬を赤らめながら手を元の位置に戻すことにした。


「うー……もう我慢できないっ」

 それからしばらく三人で、なにもすることなくじっと暑さを耐えていたのですが、遂にイリヤスフィールに我慢の限界が訪れたようです。
 居間から飛び出して庭に駆け下りると、私たちの視界から消えてどこかに行ってしまいました。

「……なにをする気なのでしょうか、イリヤスフィールは」
「さあなぁ……」

 二人並んでぼんやりと誰もいなくなった庭を眺める。普段だったらシロウも苦笑いを浮かべながらイリヤスフィールの後を追いかけているところですが、今日ばかりはそんな気にもなれないらしい。少し動くだけで汗が吹き出てくるような暑さですから。

 と、しばらくそうしているとやがてイリヤスフィールが手になにか長いものを持って戻ってきた。

「シロウッ! はいこれ!」
「はいこれ、って……ゴムホース? 庭に水でも撒くのか?」
「んー、ちょっと違う。水撒きじゃなくって水浴びするの!」

 先端から水を流し続けているゴムホースをシロウに渡し、イリヤスフィールは庭の真ん中に走っていく。
 なるほど。水浴びとは、単純だが確実に涼をとれる方法です。この暑さであれば、終わった後にちゃんと身体を拭けば風邪もひかないでしょうし、一時の涼を得るには良い方法といえるでしょう。
 庭の真ん中で早くしろとせがんでいるイリヤスフィールにシロウも頷き、ホースの先端を彼女に向けて思いっきり指で押さえつけた。
 と、ホースから流れる水が飛沫を上げて宙を舞い、両手を挙げて待っているイリヤスフィールに降り注ぐ。

「あははっ! つめたーい!」

 雨のように降りかかる水にはしゃぎまわるイリヤスフィール。
 無邪気に笑いながら踊るように庭を駆ける彼女を、追いかけるようにして水が振りそそぐ。

 ……楽しそうですし、涼しそうですね。少しだけ羨ましい気もする。
 かといってさすがに彼女と同じことをしようとは思わない。ああいうことは、イリヤスフィールだからこそ許されるのだと、なんとなくそう思う。

 ――と、シロウがいきなりホースを降ろして水を撒く手を止めてしまった。

「ちょっとシロウ? なんでいきなりやめるのよー」

 もちろんイリヤスフィールは不満顔だ。それはそうだろう、あれだけ楽しんでいたところで突然終わりにされては無理もない。
 だがシロウは、何故か赤くなってイリヤスフィールから目線を外して動こうとはしない。

「シロウ、いったいどうしたのですか?」
「いや……その、なんだ」

 シロウはごにょごにょと口の中で何事かつぶやいていたが、やがて意を決したように顔を上げ、しかしあくまで目線は合わせようとしないままにイリヤスフィールに告げる。

「とりあえずイリヤ……そのままじゃ目のやり場に困る」

 言われて私とイリヤスフィールは同時に気づいた。
 私は彼女の胸元に目をやり、イリヤスフィールは濡れそぼった自分自身を見下ろす。

 ……どうやら彼女は、下着をつけていなかったようですね。
 胸の肌色も、中心にあるモノも……はっきりとではないが、水でシャツが肌に張り付いてしまったせいで見ればわかるくらいに浮き出てしまっている。

「んふっ、んふふふっ、シロウのえっちー」
「だぁっ、誰がえっちだ! いいからさっさと着替えてこいっ!」
「やー」

 ああもう……まったくシロウは。これではまたいつもと同じではないですか。
 からかわれて顔を更に赤らめたシロウに、イリヤスフィールがにんまりと小悪魔じみた笑みを浮かべながら飛びかってくる。

「まったく……よもやこれを狙っていたのではないでしょうね、シロウ?」
「そ、そんなわけないだろっ! ちょっ、い、イリヤっ! くっつきすぎっ……」
「ふふっ……ん? もしかしてシロウ、ちょっとおっきくなった?」
「ンなわけないだろーーーっ!!」
「……はぁ」

 イリヤスフィールに押し倒されているシロウを横目に、自分でも自覚できるくらいに冷たい視線を彼に送る。
 シロウはしきりに助けを求めていますが、こんなことで動きたいとは思わない。

 何故なら今日は真夏日ですし。少しでも動けばそれだけで汗が出てしまうくらい暑い日ですから。
 だからシロウへの苦言はまた後ほど……涼しくなってから厳しく、道場でして差し上げようと心に決めていた。