らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 26 日


第 108 回 : 観察日記

「■■■、■■■■……」

 なにやら悲しげな唸り声が聞こえてきたたので庭に出てみると、片隅にある花壇の前でバーサーカーが身体を丸めて蹲っていた。唸り声の発生源はもちろん彼であり、イリヤスフィールがその背中をさすっている。どうやら慰めているようですが。

 いったい何事でしょう。イリヤスフィールがまた悪戯をしてバーサーカーを泣かせたのでしょうか。この間はバリカンの使い方を覚えたイリヤスフィールが、その切れ味をバーサーカーで試して大惨事になっていましたが、今回はそのようにも見えませんし。

「どうしたのですか、バーサーカー?」
「あっ、セイバー」
「■■■■……」

 声をかけて振り返るバーサーカーの瞳は雫をたたえて潤んでおり、真っ赤に充血していた。暴走一歩手前、といったところでしょうか。
 バーサーカーは狂戦士のクラスだけあって、暴走すると手に負えなくなる。マスターであるイリヤの言葉すら受け付けなくなってしまうので、止めるには彼が落ち着くのをただ待つか、最悪令呪を使用するしか方法がない。
 しかし令呪はそもそも使用回数が三回しかないので無駄遣いすることは出来ない。これから先、なにがあるとも限らないのだ。
 となると、彼が落ち着くのをただ待ち続ける以外に方法はないのだが――問題はバーサーカーの暴走の仕方である。

 暴走したバーサーカーは文字通り暴れるように走るのです。髪を振り乱し地響きを立て、泣く子を黙らせ寝ている猫を起こす勢いで走るのです。
 おかげで商店街や付近の住民にも様々な迷惑をかけることになるのだが、普段のバーサーカーの行いがよいため、気にする人はあまりいないのが不幸中の幸いです。

 しかしながら、いくら許してくれるからといって同じ迷惑を何度も繰り返すわけにはいかない。それに……私の身体が持ちません。
 何故かバーサーカーは、暴走する際に私とイリヤスフィールを肩に乗せて連れて行くという習性があるようなのです。
 イリヤスフィールのほうは慣れたもので、むしろそれを楽しんでいる節があるのですが、当然のことながら私の場合はそうもいかない。ですから私は全力を以ってバーサーカーが泣くのを止めなければいけないのです。泣く子と地頭には勝てないとはよく言ったものです。

「イリヤスフィール、いったい彼はなにをそんなに悲しんでいるのですか?」

 花壇の前で蹲って唸り声を上げているだけで埒の明かないバーサーカーに代わり、イリヤスフィールに聞いてみる。彼女は少し背伸びしてバーサーカーの頭を撫でながら、

「うんとね、実はこの夏休みの間、タイガの言いつけで朝顔の観察日記をつけてたの」
「大河の……ですか?」

 彼女の口から出てきた思いもよらない人物の名前に一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「うん。なんかね、学校行ってなくても宿題くらいやりなさい、このばか弟子がー、って。失礼しちゃうわよね」
「ああ、なるほど。夏休みの宿題ですか」

 それならば納得だ。ああ見えて大河は教師であり、己の職務に忠実である。普段の彼女がどれだけ無茶苦茶な行動をしようと、その点においては一遍の疑いもない。それに大河が以前より、学校に通っていないイリヤスフィールのことを心配していたのは私も良く知っていますし。

「しかし、それとこのバーサーカーの慟哭といったい何の関係があるのですか?」
「関係大有りよ。だってこの朝顔を育ててたのはバーサーカーだもの」
「バーサーカーが? あなたではないのですか? イリヤスフィール」
「わたしは観察日記の絵を書いてたの。バーサーカーは日記と朝顔の世話が役目よ。でねほら、さっきいつも通りに水をやりに来たら、バーサーカーが育ててた朝顔が倒れてたのよ」

 そう言われてバーサーカーの陰から花壇を覗くと、確かにイリヤスフィールの言うとおり、長く伸びた朝顔が横倒しになっている。昨日の夜は風も強かったですし、きっとそのせいなのでしょう。

「ですが、この程度ならばまだ平気なのではないですか? ちゃんと補強して起こしてやれば大丈夫だと思いますが」
「■■■!?」
「そうなの?」
「私も詳しくないので良くはわかりませんが……根っこの部分はまだ無事ですし、平気なのではないですか?」

 私の言葉に希望を感じたのか、バーサーカーの表情に喜色が戻り、彼は早速飛ぶようにして土蔵に走っていった。きっと補強に使えるような物を探してくるつもりなのでしょう。
 それはいいのですが、そんなに焦って走って、土蔵を破壊しないでください……ああ、ほらぶつかった。彼は身体が大きいので、あの小さな土蔵の入り口には少々サイズが合わないのです。後でまたシロウが修理に苦心することになるのですね。


 結局、その後しっかりと補強した朝顔は翌日もちゃんと綺麗な花を咲かせていた。このまま順調に育てば、秋には立派に種をつけるだろうとシロウも言っていましたし。
 ただ一つ懸念なのは、そうなると、種をつけるころにまたバーサーカーが暴走する危険があるということだ。種をつけるということは花が枯れてしまうということに他ならないのだから。それが今から少し心配といえば心配の種なのです。

「……で、イリヤスフィール。これがあなたたちのつけた観察日記ですか」
「そうよ。ちゃんとつけてあるでしょ?」

 まあ、確かに日記は毎日つけているようです。お世辞にも上手いとはいえませんが、愛嬌のある絵日記といえるでしょう。
 ですが。

『■がつ■にち てんき ■■■
■■■、■■■■■■■■■。■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■。■■、■■■■、■■■■■■■■■!
■■■■■■、■■■、■■■■。■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■。』

 はっきり言ってこれではなにが書いてあるのか、普通の人にはさっぱりわからないのですが。
 バーサーカーには悪いのですが、きっと再提出ですね。