らいおんの小ネタ劇場
2004 年 8 月 24 日
第 106 回 : 群れ
……増えている。間違いなく増えています。
眼下で用意した食事に群れている猫たちを眺めながら、私は確信した。昨日は確か八人だったはずなのに、今日は十人います。ちゃんと数えたのだから間違いありません。昨日よりも二人、猫が増えている。
「……何故でしょうか」
そもそも最初は六人だったのです。うちの縁の下で生まれた子猫のためは、まだ自分たちで食料を得ることはできません、本来ならば両親が食料を獲ってくるものなのでしょうが、彼らは子が乳離れすると直ぐに元の気侭な生活に戻ってしまいました。
故に私が彼らの母代わりを買って出て、こうして食事の世話もしているのですが……
「何故、あなたたちまでいるのですか?」
指先でちょんと突付くと、一心不乱に食べていた虎模様の猫が物問いたげに顔を上げる。
「…………」
「…………」
そうしてしばし、私たちは見詰め合っていたが、やがて虎猫は再び食事に戻っていった。
十から六を引くと四。つまるところ都合四人増えています。彼らがいったいどこからやってきたのかわかりませんが、昨日やってきた二人は今日も来ていますし、きっと明日も来るでしょう。もしかしたら明日になったらまた増えているかもしれません。
この子たちの食事代もただではない。アルバイトしている私のお財布と、毎日の食事で出るほんのわずかなおこぼれを彼らの食事にしているのですが、それもそろそろ追いつかなくなりそうです。
「いいですね、あなたたちは幸せそうで」
食事を終え、満腹になった子が毛繕いを始めた。別の子は早くも丸くなって昼寝の体勢に入っている。
その子の毛並みを撫でてやりながら、少しアルバイトの時間を増やそうか――などと考えている時点で、この子たちに負けているのだと自覚していた。
というよりは、可愛いと思ってしまった時点で負け、ですね。
あっという間に空っぽになってしまった食事の皿から、猫たちが各々離れて丸くなったり毛繕いをしたりじゃれあったりしている。中にはまだ物足りなそうに前足で皿を突付いている子もいるが、もちろんおかわりは出てきません。食べすぎは身体に毒なのです。
……ここに凛がいたら嫌な笑顔を浮かべながら何事か言ってくるのでしょうね。いいのです、私はあれで適量なのですから。
と、そんな私の内心の声が聞こえたのか、皿の中身をじっと眺めていた子が顔を上げてこちらに歩いてきた。
「む、なんですか? そんな顔をしてもおかわりは出ませんよ」
言っては見たものの、どうしてもと言うなら――そんな気持ちになっている時点で負けですね。
だが、どうやらこの子はおかわりが欲しかったわけではないらしい。
何故なら私の足元に来た途端、こちらに物を言う暇も与えずに、膝に飛び乗ってきたのだから。
「突然何事ですか? 別に私の膝の上でなくても毛繕いなどできるでしょうに」
しかし彼は私の言葉になど耳を貸す様子はなく、気侭に毛繕いをし、すっかり毛並みを整えるとそのまま丸くなってしまった。
どうやら私の膝を寝床と決めたようですね。鼻をひくひく、耳をぴくぴくとさせながら、目を横一文字にして丸くなる子猫。
このまま眠られてしまっては私も動けなくなってしまう。だったら、膝からどかしてしまえばいいのだし、そうすることは容易いのですが……手強いのは膝の上からじんわりと伝わってくる柔らかなぬくもりだ。それにこうも気持ちよさげに丸まられては、無理にどかすなど心苦しくてできるものではない。
故に結局、こちらが折れるしかないわけです。
「まったく……仕方ないですね」
くるりと丸くなっている背中を撫でてやりながらため息交じりの苦笑をもらす。
どれくらいこうしてなければいけないかわかりませんが、時間の許す限りはこの子のお昼寝に付き合ってあげ――
「ッ! なっ!?」
と、突然背中から首にかけての辺りに何かが飛び乗ってくる感触。そしてそれは、そのまま肩の上で丸くなって――ということは、別の猫ですか!?
首を捻って見てみると、そこには予想通り白い毛並みの猫の姿が。
「し、シロ! あなたはなんと言うところに――」
と、そこまで言ったところで気づく。
見ると、今までで丸くなったり毛繕いをしたりじゃれあったりしていた猫たちが全員、揃ってこちらを見ていて――
そして二時間後。
私は膝の上やら肩やら頭の上やら足元やら……とにかく全身の至るところに猫を張り付かせて、深いため息をついていた。
シロウ……今日に限って帰ってくるのが遅いのですね。できれば早く助けてほしいのですが。