らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 19 日


第 104 回 : タイフーン その2

 台風再びです。というか、もう過ぎ去った後なのですが。
 昨夜、日本本土に上陸した大型の台風は行く先々で猛威振るい、今朝方遠い海の向こうへと去っていきました。冬木市もまた、わずかとはいえ災禍に見舞われ、商店街は今朝から軒並み店舗の修繕に追われています。我が家でもシロウの自転車が倒れてライダー愛用の二号が負傷したり、屋根の瓦が飛んでしまったりと、それなりに被害を蒙ってしまった。

 それにしても日本に台風が多いというのは本当のことだったのですね。七月、八月に入ってからこれで三回目の台風到来です。しかも私の与り知らぬところではもっとたくさんの台風が発生したようで、昨日訪れたのは十五番目の台風だそうです。
 おかげで、というわけではありませんが、私もすっかり台風には慣れてしまいました。
 最初の一、二回こそ、その……シロウにわずかばかり迷惑をかけてしまいましたが、今ではそれもありません。代わりにそんな私を見たイリヤスフィールが味をしめて、台風が来るたびにシロウのふとんの中に潜入するようになってしまいましたが……というか、私はそこまでしていません。

 閑話休題です。

 ともあれ、屋根の瓦が飛んでしまいました。このまま放っておくわけには、もちろんいきません。そこで瓦を直すべく、私は屋根に登っているわけです。
 シロウはやめろと言いました。こういうことは男の自分がするから、無茶をしないでくれと。
 しかし私は無茶などしていませんし、これが適材適所でもある。シロウは昼食を作り、私は屋根の瓦を直す。私に料理が出来ない以上、こうするしかないではないですか。
 ……まあ、その心遣いは素直に嬉しいと思いますが。

 飛んでしまったり割れてしまった瓦を、シロウに教えてもらった手順で交換する。
 台風一過で空には雲一つなく、今日は風も大人しい。青い空から降ってくる虹色の光は容赦なく私を叩き、雨で濡れた屋根を乾かして熱していく。
 そんなところにいるのだから当然私も熱い。額から滲んだ汗が目に入ろうとするのを拭って、代わりに顎を伝って落ちた雫が瓦に染みを作った。

「ふう……これはこれで大変ですが、もう少しですね」

 残った瓦は後一枚。これが終わればお昼ごはんです。冷たい麦茶と冷麦をいただきましょう。

 ――と、そんなことに気を取られて油断してしまったのがいけなかったのかもしれない。

「ッ!?」

 まだ乾ききらず、僅かに湿っていたのでしょう。上に登ろうとしてその瓦に足を踏み出した途端、靴の底が滑って私は宙に投げだされていました。

 ――体勢は完全に崩れていますし、このままでは地面に叩きつけられますね。ただし少々の痛みは覚悟せねば。

 横目に地面を見ながら冷静にそんなことを考えている。
 この身はサーヴァントですから、死ぬということはありませんしひどい怪我を負うこともない。しかし己の油断の代償として、多少の痛みは罰として受けねばならないでしょう。むしろそのくらいで済むならば安いものです。
 そう思って衝撃に備えようと目を瞑り――

「危ねえッ!」

 ――シロウの声と共に、地面とは違う何か弾力のあるモノにぶつかり、それを押し倒した。

 というより、それがなんであるかなど明白です。

「シ、シロウッ!?」

 慌てて起き上がり、私の下でつぶれているシロウを抱き起こす。

「シロウッ! へ、平気ですか!? どうしてそう……無茶をするのですかあなたは!!」
「いや……だって危なかったじゃないか、セイバー」
「ッ……私のことなどどうでもいいのです!」

 痛みに顔をしかめながらも無理して崩れた笑顔を見せようとするシロウに思わず怒鳴ってしまう。
 が、返ってきたのは、シロウの真剣な表情。

「馬鹿。どうでも良くなんてない。セイバーは女の子なんだから、怪我なんてしちゃだめだ」
「わ、私はサーヴァントです。ただの人間であるシロウよりもずっと……」
「もう聖杯戦争は終わった。サーヴァントとかそんなのはどうでもいいんだ。セイバーはもう俺にとって普通の女の子と同じなんだよ」

 有無を言わさぬ、といった雰囲気でそう言ってシロウは自分で立ち上がり身体についた砂埃を叩き落とす。
 半袖のシャツから覗く二の腕は擦りむいて血が滲み、ジーンズの膝も破れている。どうやら腰も打ってしまったらしく、手で抑えて顔をしかめていた。

「……申し訳ありません、シロウ。私のせいで」
「いいって。俺がしたいようにしただけなんだから」
「はい、それがシロウなのだということは私も嫌というほど知っていますから。でも、あまり私のために無茶はしないでください。……私のせいで怪我をするシロウなど、見たくはないのです」
「ん、善処する……でも悪いけど、それはあまり期待しないでくれ」

 苦笑しながらそう言ったシロウは、

「とりあえず屋根の修理は後でいいからさ。メシにしよう」

 次の瞬間にはもう終わったことのように笑って、部屋の中に戻っていく。

 その背中を見つめながら、思わず私はため息をつく。
 これが……私の油断に科せられた罰だというなら、これ以上厳しい罰もないでしょう。シロウは私がいくら言っても聞かない頑固者だから、私が傷つこうとするとその身を挺してまで私を守ろうとする。私にとってはそうして傷つく彼を見るのが何より辛いというのに。

 だからこれは私に対する罰であり、決して繰り返してはならない罪である。
 シロウを傷つけたくないと思うなら、彼を守るだけでなく私自身も守らなくてはいけない。なんとも難儀なものだ。

 ――しかし。

「セイバー、どうしたんだよ。早くメシにしようぜ」
「はい、今参ります」

 シロウに呼ばれて部屋に上がりながら、身体にこもった熱を逃がそうと、大きく息を吐き出した。

 私は罰を与えられたというのに、同時に嬉しさまで感じてしまっている。
 理由など言わずもがなだ。
 厳しいだけでなく甘やかですらあるなど……シロウが私に与える罰は実に複雑なものですね。