らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 16 日


第 101 回 : どじょう

 夕食後のなんとも気だるいひと時。大河がテレビの前でぐったりと伸びきって、シロウもお茶を飲みながらぼんやりと天井を眺め、その隣で私は雑誌を読んでいたその時のことでした。

「……む?」

 突然、足元がなんだか不安定になったような感覚の後に、テーブルの上に乗っていた湯呑みがかたかたと音を立て始めました。
 いや、違う。音を立てているのではなくてこれは――

「あ、地震だ」

 落ち着き払った声でシロウが言う通り、地震でした。テーブルの上の湯呑みだけでなく、たんすの上の獅子の人形や招き猫の置物、台所からは食器がかたかたと揺れる音が聞こえてくる。一瞬、落ちたりはしないかと心配になったが、それほどまでに強い地震ではない。
 事実、シロウも至極平然とした表情で湯呑みを取ってお茶を飲んでいるし、大河は――太平楽な表情で頭に座布団をかぶってテーブルの下に這いずっていた。そこに緊張感というものは全くない。

「落ち着いているのですね、シロウ」
「ん? まあ、この程度の地震なら結構慣れっこだからな」
「日本は地震が多いからねぇ〜」

 まだ小さく揺れている中でお茶を飲んでいるシロウと、放って置いたらこのまま眠ってしまうのではないかと思うくらいにぼんやりとした大河の言葉。
 私としては少々緊張感が欠如しているのではないかと思わなくもない。何事も慣れたと思って油断しているときが恐ろしいものなのですが、まあわざわざ言うほどのことでもないでしょう。

「お、治まったな」

 たんすの上の獅子を見てシロウが言った。先ほどまで続いていた微かな揺れも止み、地震は完全に収束したようです。なにはともあれ、一先ず何事もなくて良かった。台所の食器たちも無事のようですし。

「ところでセイバーちゃん、知ってる?」
「? なにをですか、大河」
「……どうでもいいが藤ねえ、どこから頭出してんだよ」

 テーブルの下にいた大河はシロウの足の間から頭を出して、彼の膝の上に乗せていた。

「……で? いったいなにが言いたいのですか大河?」
「むむ? セイバーちゃんってば声が怖いよ?」
「気のせいです」
「んー、ま、いいや。でね、なんで地震が起きるかってセイバーちゃんは知ってるかにゃー?」

 シロウの膝の上で頭を転がしながら何故か嬉しそうに聞いてくる大河。
 ……まあ、いいですが。大河ですし。

「地震ですか……いえ、わかりません。かの魔術師はそのようなことを教えてくれませんでしたし」
「? 魔術師?」
「いえ、気にしないでください」

 私が言っているのはもちろん底意地の悪い我が宮廷魔術師殿のことだが、そのようなことを大河が知る必要はない。知ったところできっと彼女は気にしないだろうし、信じるとも思わないからだ。

「それで大河、地震が起きる理由とはいったいなんなのですか?」

 知らなければ知らないで別段困ることでもないが、大河が知っているのだったら是非聞いてみたいと思う。私にも人並みに知的好奇心というものはありますし、なにより今まで知らなかったことを知るというのは良いことだと思う。自分の知識を蓄える機会があるならば、率先してそうするべきなのです。

「ふふーん。そこまで言うなら教えてあげよう」

 大河は私が問うと、とても得意げな表情になってシロウの膝に後頭部を乗せた仰向けのままで誇らしげに胸を張り、

「地震はね、実は地面の下にいるどじょうが暴れると発生するのだ!」

 と、自信満々に言い放った。
 私はもちろん唖然です。一瞬、彼女がなにを言ったのかわからなかったくらいですから。というか、これで理解しろというほうが無理なのでは。

「あの、大河……どじょうですか?」
「うむっ」
「どじょうというのは、その、川などに住んでいるどじょうのことですよね?」
「柳川鍋にすると美味しいのよねー」

 それが……何故?
 シロウに視線で助けを請うと彼は、

「……昔、切嗣がな」

 苦笑しつつ、そう言いました。同時に視線で『これ以上、言ってくれるな』と語っています。
 なにやらわけは良くわかりませんが、彼がそう言うのであればその通りにしましょう。大河もまたシロウと同じく切嗣と家族同然にすごしていたのだ。おそらく、この話は彼女にとってなにか思い出深いものなのでしょう。

「さて、お姉ちゃん眠くなってきたからもう寝るね、おやすみっ」
「って、おい! 藤ねえ、寝るなら家に帰るかふとんに行くかしやがれ!」
「ぐー」
「……もう手遅れのようですね」

 一頻り話したいことだけ話したら満足したのか、大河はシロウの膝の上でそのまま気持ちよさそうに寝息を立ててしまった。
 ……まあ、いいですが。大河ですし。

 私とシロウは傍若無人というか、見てて気持ちがいいくらいにマイペースな大河に、思わず顔を見合わせて笑みとため息を漏らしてしまう。

「ほんとはどじょうじゃなくってなまずなんだけどな、地震の元って」
「な、なまずですか?」
「ああ、ただ昔からそういう話があるってだけのことだよ」

 シロウは苦笑しながらそう言って、大河の髪を撫でていた。

「しかし、では何故大河はどじょうと?」
「……その話をしてる時に食ってたのが柳川鍋だったからなぁ……ごっちゃになってるんだろ、藤ねえの中で」

 なるほどわかりやすい。
 その時に食べたやながわなべとやらの味と、切嗣からされた地震の話が大河の中で混じってしまってそんな話になってしまったのですね。
 なんというか、大河らしい微笑ましい勘違いですね。別に訂正するほどのことでもないですし、勘違いしたままというのもそれはそれで面白いですし、放っておいても差し支えないでしょう。きっとシロウにもそういうつもりがないわけではないのでしょう。

 そんなことよりも、私にはもっと気になることがあるのです。

「ところでシロウ」
「ん?」
「大河が言っていたやながわなべというのを……その、私も一度食べてみたいのですが」
「……了解。じゃあ、明日の晩飯は柳川鍋にするか」
「はい。ありがとうございます」

 大河が勘違いしてしまうほどのやながわなべとやら、いったいどんなものなのでしょうか?
 地震とは全く関係のないことですが、これは思わぬところで楽しみができた。大河に感謝ですね。
 明日の夜が楽しみです。