らいおんの小ネタ劇場
2004 年 8 月 12 日
第 99 回 : 説教
「そこに座りなさい」
道場の真ん中で威厳を込めてそう伝えると彼らは思い思いに丸くなりました。
「……私は座りなさいと言ったはずですが」
が、今度は反応なし。毛繕いをしたり眠たそうにあくびをしたり、実にのんきなものです。
どうやらこの者たちには罪の意識というものがないようですね。せっかくシロウが作ってくれたお昼ご飯をひっくり返しておきながら良い覚悟をしています。おかげで私は今日はお昼抜きだというのに。
「いいですか、ミケ、ブチ、クロ、シロ」
四種四様の毛並みを持つ子猫たちに、もう一度最大限の威厳を以って呼びかける。
この子たちは我が家の庭で生まれました。全員が同じ母親と父親から生まれたというには信じられない毛並みの仔たちではありますが、間違いなく彼らは兄弟姉妹。ミケとクロが男子で、ブチとシロが女子です。
この子らの両親は二親とも気紛れ極まりなく、ふらりと出かけては一週間ほど帰ってこないことも珍しくない。
元々が野良ですし、それでなくても誇り高きぼす猫夫婦です。彼らは彼らなりに忙しいのでしょう。
仕方なく私がこの子らの母親代わりを務めているのですが、故に過ぎた狼藉はきちんと叱ってやらねばならない。まだ子供なのですから元気よく遊ぶのは結構。しかし、おかずを並べた食卓にその舞台を移すのはいけない。台所にお茶を取りに行っていた私は、その場を離れなければと激しく後悔した。
しつけというのは子供のうちからきちんとするものである。でなければ将来、碌な大人になりません。大河からいただいた『たまひよ』という雑誌にもそのようにありましたし。
わがまま放題育った金ぴかが今どんな大人になっているか、見れば一目瞭然というやつです。
ともあれ、私は責任のある大人として、この子らを導いてやらねばなりません。それが母代わりとしての務めですから。
「良いですか、あなたたちが遊ぶのは結構です。古来よりのこの国では子供は風の子といい、よく遊ぶことを以って尊しとしてきたことからもそれは確かです。しかし、何事も限度というのがあります。庭を力の限り駆け回るのは良いことですが、それで他の者に迷惑をかけてはいけません。特にごはんは生き物が生きていくのに必要な、とても美味しくて大切な物です。それを粗末にしてはいけません。いいですか? あなたたちも日頃シロウからごはんをいただいているはず。ならばわかるでしょう、シロウのごはんはとても美味しい。私はその美味しいごはんを失ってしまったのです。理解できますか? 私のこの悲しみと憤りが……聞いているのですか!?」
もちろん殆ど聞いていません。丸まって寝息を立てていたり、二匹が絡み合ってじゃれていたりと、一目瞭然です。
――が、ミケだけは違っていました。
彼だけはこちらを、私の目をじっと見つめ熱心に話を聞いていたのです。
「……なるほど。さすがは長兄ですね。自ら弟妹たちの規範になろうとは見上げたものです」
私が頷きながら感心すると、彼の視線もそれを追って上下する。
「あなたたちも少しはミケを見習いなさい」
遊んだり寝たりしている弟妹たちのほうに振り向くと、ミケの視線もまた追うように横に動いた。
……はて。
先ほどから妙にミケの視線が固定されています。彼の視線の向く先はどうやら私の顔のようなのですが、何故わざわざ追いかけるような真似を?
などと思っていると、ミケの目つきが徐々に鋭くなり、まだ短い尾が雄々しく逆立った。ゆっくりと、低くした姿勢を支える四肢には力がこもり、お尻を振りながら今にも飛び掛りそうなくらいに――
「――まさか」
気づいた時には既に遅し。
野性に目覚めた狩人のごとく、ミケは一直線に飛びかかってきました。
――私の髪の毛に。
「ただいまー、って! お、おいセイバー! どうしたんだ、その顔の引っかき傷!?」
「……猫に……一斉に」
あの後、兄に習って他の弟妹たちも飛びかかってきたものだから、私の頭と顔は猫たちの爪に晒されて、見るも無残なことになってしまいました。
まあ、まだ子供ですから後も残らないような掠り傷だったのが不幸中の幸いなのですが……
この髪の毛、切ったほうが良いのでしょうか……?