らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 8 日


第 96 回 : 専業主夫

 洗濯物の中に凛の着替えが混じっていました。
 彼女は昨日まで我が家に泊まっていたのですが、今日のところは三日ぶりに自宅に帰っています。というか、もはやどちらが自宅なのか非常に微妙なところではあるのですが、忘れ物を放っておいていいとも思えません。

 ……というか。

 普通、若い女子が異性の家に下着を忘れていくなど……あっていいものなのでしょうか。
 この時代の女子は皆そうなのか、それとも凛だけなのか。もしくは、彼女がそれだけシロウに気を許しているということなのか。

 まあ、間違いなく一番最後の理由なのでしょうけど――


 そしてやってきた凛の家。
 シロウの家も世間一般的に言って屋敷と呼べるほどに大きい物だが、凛の家はシロウの家を更に上回る。また、シロウの家が純和風の建築であるのに対して、凛の家は洋風建築です。彼女の家は元々冬木市の管理人を務める家柄ですから、このように立派な屋敷を持っていても当たりまえなのですが、何故か常に金策に苦労しているのが現状です。魔術にはとかくお金がかかるのだそうです。

 呼び鈴を押してしばし待つ。
 今日は平日ですし、まだ凛は学校から帰ってきていないでしょうが、この時間ならばきっと――

「……ふむ、セイバーか。君がこの家に来るとは珍しいな」
「……貴方こそ見違えましたね、アーチャー」

 ――予想通り玄関から現れたのは留守を任されているアーチャー。
 しかし、彼が三角巾にひよこのエプロンをつけているのは全くの予想外のことでした。


「粗茶だがな」
「いや、すまない」

 アーチャが出してくれた紅茶に口をつける。彼が入れる紅茶は非常に美味しく、こればかりはシロウといえどいまだ彼に及ばない。

「相変わらず見事ですね、アーチャー」
「ふん。だが君にとっては小僧の手によるもののほうが良いのだろう?」
「…………」

 まったく、せっかく誉めてやったというのに何故このような憎まれ口を返してくるのだろうか。凛はアーチャーのことを素直じゃないだの性格が悪いだのとよく言っているが、その通りだと思う。シロウとは似ても似つかない性格だが、彼もまたエミヤシロウの一つの姿。

 ……やめよう。
 シロウもアーチャーももはや別人だ。彼らは全く別々の存在なのだから、同一存在として見ようとするのは間違っている。

「しかし凛も何を考えているのだ。あれほど身の回りを正しておけと言っているのに、よりによって小僧の家に下着など忘れてくるとはな……」

 まるで父親か兄のように、凛にぶつぶつと文句を言っているアーチャーになんとなく笑みを浮かべながら、紅茶を一口含んだ。

「まったく、我がマスターながら何故にああも粗忽なのだ。この家だって私がいなかったら今頃塵と埃に埋め尽くされているぞ。あれで年頃の娘だなどというのだから笑わせてくれる。嫁の貰い手など生涯現れないのではないか? どう思うセイバー」
「――ふむ。そうですね」

 水を向けられて、傾けていたカップをソーサーに置く。
 どうやらアーチャーは文句をつぶやくのに夢中で気づいていなかったらしい。
 私も巻き込まれないよう、慎重に言葉を選んで口にする。

「とりあえず、アーチャーは少々背後が甘いと思うのですが、どう思いますか、凛?」
「……なに?」

 アーチャーが振り返ったその先には、満面に笑顔を貼り付けた凛が握り拳を作って立っていた。


「――――!」
「――! ――――!!」

 背後で交わされる主従の罵倒の声を右から左に聞き流しながら、出されたお茶受けのクッキーと紅茶を楽しむ。
 優雅というには程遠いですが、クッキーも紅茶も美味しいですし、まあ、巻き込まれない分にはそれなりの午後の過ごし方ではないでしょうか。