らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 7 日


第 95 回 : 虫歯菌

 イリヤスフィールが虫歯になりました。
 彼女はあれで毎日三食のあとにきちんと歯を磨いていたのですが、それでもなるときはなるのが虫歯というものだそうです。大河も幼い頃はよく悩まされたものだと言っていました。
 ともあれ、このまま放っておくわけにも行かず、イリヤスフィールを歯医者に連れてきて、私は現在待合室で彼女が戻ってくるのを待っています。
 本来であればシロウが連れてくるはずだったのですが、彼は今日も学校があるので仕方ありませんね。

 しかし……歯医者というところには初めてきましたが、いつもこのような削る音がしているのでしょうか。
 この音に自分の歯を削られているのを想像すると……正直、あまり良い気分にはなりませんね。それに時折子供の泣き声も聞こえてきますし……この中ではいったいどんな治療が行われているというのでしょう。

「う〜〜〜」

 と、イリヤスフィールが診察室から出てきた。
 表情を歪めて、目の端にほんの少しだけ涙を浮かべてとても不機嫌そうな顔をしている。

「もう……絶対にこんなところこないんだからっ!」
「そんなことを言っても仕方ないではないですか。虫歯になってしまったのですし」
「それからイリヤちゃん、今日の治療で全部治ったわけじゃないから、これからも何度か来てもらうことになるよ」
「えーっ!? やだっ!」

 苦笑しながらの先生の言葉に唇を尖らせて反論するイリヤスフィール。この様子だと素直に言うことを聞いてくれそうにないですし……次回こそはシロウに来てもらわないといけないですね。
 頬を手で抑えて完全にへそ曲げているイリヤスフィールに言うことを聞かせるには、シロウに頑張ってもらうしかありません。
 もちろん、それでも多大な犠牲を払うことにはなりますが、別段命に危険があるわけでもないですし。

「さて、それでは帰りましょうか。そろそろシロウも帰っている頃でしょうし」
「……シロウには責任とってもらうんだから。すっごく痛かった」

 ぶつぶつと文句ばかり言っているイリヤスフィールを促してお金を払い、帰ろうとしたところで、

「ああ、待ってください。せっかくだからあなたも検診を受けていきませんか?」
「は? 私ですか?」

 と、先生にそんなことを言われてしまった。
 検診といえば……この、ポスターにある虫歯検診とかいうものだろう。だがそんなことをしても意味がないと思う。

「いえ、結構です。私には虫歯などありませんから」
「痛くないからと言って虫歯がないというわけではないんですよ。潜在的に隠れているやつもあります。そういうのは放っておくと後が大変ですよ」
「しかし……」

 検診といっても時間はかかるでしょうし……それに自分に虫歯などあるとは思えない。
 そう思ってやはり断ろうと口を開いて――

「ふぅん……もしかしてさ、怖いの? セイバー」
「馬鹿な。恐ろしいなどと、この私に限ってそのようなことあるわけないではないですか。よろしい、受けて立ちましょう」

 ――にやり、と笑ったイリヤスフィールのその一言に、あっさりと私は乗せられていた。
 我ながらもう少し……後先を考えて行動できるようにしなくてはいけないと、そんなことを考えつつ。


 そして検診が終わり――


「ただ今帰りました……」
「ああ、おかえり。遅かったなセイバー……どうしたんだ? なんかすごく機嫌悪そうだけど……」
「シロウ……私はもう二度と歯医者になど行きません」
「ふふーん。ちゃんと治るまで通わないとダメって言われたじゃない」
「くっ……!」
「なんかよくわからんが……とりあえずセイバーも虫歯があったってことか?」

 ええ、その通りです。それ以外に語ることなど何もない。
 はあ……これからしばらくこの痛みと付き合っていかねばならないとは……憂鬱ですね。