らいおんの小ネタ劇場

2004 年 8 月 4 日


第 94 回 : 目覚まし時計

「申し訳ありません、シロウ……」

 壊れてしまった目覚まし時計と、苦笑しているシロウを前にして私はただただ恐縮するしかなかった。

 自分で言うのもなんですが、私はあまり寝起きが良いほうではありません。更に言うと、普通の人よりも若干……そう、若干ですが、眠るのが好き、というか、口の悪い凛に言わせれば寝汚いほうです。
 重ねて言いますが、若干です。ほんのわずか、注意して観察せねば気づかないほどの差でしかないのです。

 ですが、それでも私の寝起きが悪いのは確かなことです。恥ずかしい話ではありますが。寝起きが悪いと言っても凛のように人が変わるというわけではなく、一度起きてもまたそのまま眠ってしまったりすることが多い。故に毎朝目覚まし時計を使って起きていたのですが……

「物の見事に大破してるわねー」
「うっ……」

 その……今朝、起きたときに目覚ましを止めようとした際に、無意識に力を入れすぎてしまったようでして、長らく私の朝の供をしていてくれた目覚まし時計は、帰らぬ人となってしまったのです。享年・四ヶ月です。

「重ねて申し訳ありません……せっかく買ってもらったというのに……」
「あー、別にいいって。そのくらいたいしたことないし」

 シロウはそう言ってくれるが、しかしこの心苦しさが癒えることはない。
 反省です。今度から目覚まし時計は手の届くところから離して置いておきましょう。

「それはいいとして、明日からセイバーの目覚ましどうするのよ。無かったら困るでしょ?」
「む……見縊らないでいただきたい。目覚まし時計など無くても、きちんと起きて見せます」
「とか言って起きてこなかったから目覚ましを買ったんじゃないの」

 肩を竦めながら、視線を細めてこちらを睨んでくる凛。……事実だけに言い返せないのが悔しい。
 とはいえ、いくら壊れてしまったからといってまたすぐに新しい物を買ってもらうのも申し訳ない。シロウは既にそのつもりのようですが、お金くらいは私が出そうと思う。そもそも自分の時計なのですし。

「とりあえず新しいの買いに行こう、セイバー」
「はい……重ね重ね面目ありません……」
「まあまあ、待ちなさいって二人とも」

 と、凛が私とシロウの間に入って、満面の笑みを浮かべた。
 ……なんでしょう。この背筋を這い上がってくるような不吉な予感は。何か、私にとって非常に良くないことの前触れのような気がする。
 そしてこの嫌な予感を感じたときほど、逃れえぬものなのだと、経験上私は知っていた。今までずっとそうでしたし。

 しかし凛は私の内心など露ほども知らず、また知ろうともせずに笑みを浮かべている。その、悪魔の笑みと称される笑顔を。

「どうしたんだよ遠坂?」
「ええ、実はね。うちに余ってる目覚ましがあるんだけど、良かったらあげるわよ。買うのもお金がもったいないでしょ?」
「ホントか? だったらもちろんありがたくもらいたいところだけど……いいのかよ」
「とーぜん。わたしとあんたの仲で今更遠慮することなんてないわよ。ただ……」

 そして凛の瞳が細くなり、三日月の弧を描いて――

「ちょーっと、士郎にも協力してもらう必要があるんだけど、ね」

 ――その瞳が、私のほうを向いて楽しげに、そして邪悪に輝きを放ったのだった。


 翌朝。


『セイバー、朝飯できたぞ』
「はい、すぐに起きます。シロウ、今日のおかずは……」

 上半身を起こし、即座に意識が覚醒したところで……激しい自己嫌悪と共に気がついた。

『セイバー、朝飯できたぞ。セイバー、朝飯できたぞ。セイバー、朝飯できた……』

 シロウの声で同じ言葉を繰り返す目覚まし時計を止めて、ふとんに足を入れたままがくりと肩を落とす。

「……凛が言い出したときは、私を馬鹿にしていると思った。このようなことで目が覚めるなどとありえるはずがないと……」

 だが、現実はどうだ。

 確かに朝ですし、お腹はすいています。夢を見ないサーヴァントであるはずなのに、夢でシロウのご飯を食べている夢を見ていました。
 認めましょう。確かに私は食べることを楽しみにしていると。

 だがしかし……しかし、よもやここまでとは。

 自分でも知り得なかった自分自身に気づき、朝から微妙に落ち込んでしまいました。
 おかげで、今日の朝ごはんはお茶碗二膳しかおかわりできませんでした。