らいおんの小ネタ劇場
2004 年 7 月 28 日
第 90 回 : メイド in セイバー
さて、昨日どさくさで持ち帰ってしまったこの服ですが、どうしたものでしょうか。
手元に広げたメイド服を前にして腕を組む。処分するのは簡単ですが、少々もったいないような気もする。かといって取っておいたところで使い道もあるはずがありません。それに夏場にこの格好は暑いですし。
ではやはり処分するべきだろうか……そう思ったが、もう一度目の前の服を手にとって見る。
「ふむ……見れば見る程よくできていますね」
決して機能的とはいえないだろう。ひらひらと無駄な装飾は多いし、スカートもこうも長くては動くのに邪魔になるだろう。
しかしながら、デザインの面から見れば本当によくできていると思う。証拠に、会場でもこの服をきた私を目当てに集まっていた者が多かったようですし。
だとしたら例えば……
「……シロウはどう思うでしょうか」
彼がどんな反応をするか、見てみたい気はします。
以前、シロウは猫の耳と尻尾をつけた私を見て、その……過剰に反応していましたから。
シロウがいない間の私の仕事は掃除に洗濯が主な仕事だ。
各人の部屋はプライベートがあるので立ち入らないとしても、居間にお風呂に縁側、廊下。掃除するべき場所は広い衛宮邸にはいくらでもある。洗濯物も、この家の本来の住人は私とシロウだけだというのに、とても二人分とは思えないほどに大量にある。凛などは半分以上、この家に住んでいますし。
今日もいい天気だ。
洗濯物を庭に干しながら空を見上げる。天頂に輝く太陽の光はまぶしく、そしてやはり暑い。
特に今日の私の格好はいつもと違って少々嵩張る格好だから尚更だ。
手首まで覆う生地の厚い袖、膝下まである裾の広いスカート。頭にはカチューシャをのせ、胸元には小さく上品なリボン。
さんざん思い悩んだ挙句、私はメイド服を着て家事をしていた。
結局、私の中で好奇心が勝ったわけです。更に付け加えるならば、シロウを驚かせてみたい、という悪戯心もあったりするのですが。
そして積み上がった洗濯物が半分より少し少なくなった頃、シロウが帰ってきました。
「…………」
「あの、シロウ……?」
が、先ほどからシロウは私の前で歩みを止めて、じっとこちらを見つめている。
時折、空を見つめてぶつぶつと口の中でつぶやいたり首を傾げていたりするのですが……
「シロウ……本当に、いったいどうしたというのですか?」
「…………」
しかしシロウはやはり答えない。
不安がふと首をもたげてくる。だがしかし、別に気を悪くしたようには見えないし、シロウのこの様子は悩んでいるようにしか見えない。
いったい何を悩んでいるのだろうか。
「シロ――?」
それを聞こうと私は口を開いた。
が、先んじてシロウの手が私の肩を抑えてきた。いや、抑えるというよりは優しく包み込むといった感じだろうか。
「セイバー、しばらく待っててくれ」
「――は? はあ……」
そう言ってシロウは私を残し、駆け足で家の中に飛び込んでいった。
いったい……なんだというのでしょうか。
シロウはすぐに戻ってきた。
「……セイバー、これを」
「…………」
そしてカチューシャを外し、手に持っているモノを代わりに私の頭にかぶせる。
私はといえば、なんというか、ため息しか出ませんでした。
まさかこの格好をしていてまで猫の耳にこだわるとは……さすがにこの展開は予想していなかった。
「……ぐっじょぶ!」
「ぐっじょぶ、じゃないわよバカたれ」
いつの間にかシロウの背後にいた凛が持っていた竹刀でシロウを叩き落とす。地面に突っ伏し、昏倒していてなお、シロウは恍惚とした表情をしていた。彼はこれで――こんなことで幸せになれたのだろうか。
「だとしたら……その、困る」
「まあね。こいつの趣味、っていうかこいつとアーチャーの趣味だけは理解できないわ」
大きくため息を吐きながら相槌を打つ凛。
確かにそれはその通りなのですが、シロウがこのようなことでしか幸せを得られないのだとしたら、私は……シロウの幸せを願う私は、これから先、常に猫の格好をしていなければいけないのでしょうか。
それは正直、ちょっと遠慮したいところなのですが――困ったものです。