らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 27 日


第 89 回 : ドールマスター

「む。あれは言峰神父……?」

 今日も空は良く晴れ渡り、強い日差しがアスファルトを熱して空気を歪めている。
 バス停でバスを待つ人々も、しきりに手にしたハンカチで額の汗を拭いたり、白い日傘を差して日光を遮っている。
 その中で一際異彩を放つ、というかどう考えても異常人の黒衣の神父。言うまでもなく丘の上の変態神父・言峰綺礼だ。

「セイバーか。このようなところでなにをやっている」
「藤村組に行った帰りです。あなたこそこのようなところで何をしているのですか。教会を留守にしていても良いのですか?」
「うむ。今日のところは教会は休みでな。これから仕事だ」
「……仕事?」

 何を言っているのだろうか、この男は。神父の仕事といえば教会の神父だろうに。
 だいたいこの男は聖堂教会からこの街にいる我らサーヴァントの監視の任を受けて糧を得ているのではないか。

「確かにその通りだ。が、私の下にはサーヴァントが二人もいるからな。正直、教会が回してくる維持費用だけでは足りないのが現状なのだよ」
「なるほど……というか、何故私が考えていることを?」
「故にこうしてマスターである私自ら副業を営んでいるというわけだ」
「質問に答えろ、言峰綺礼」

 だが元から人の話を聞く耳など持っていないこの男が今更、私の話を聞くはずもなく――

「さてセイバー。バスが来たわけだがどうするかね? このまま私と共にくるか。それとも何も見なかったことにして大人しく日常へと帰るか。選ぶのは君だ。まあ、私としてはどちらでも構わんのだがね」

 ――停車したバスの前で仁王立ちになり、その長身から私を見下ろしてくる。

「おきゃくさーん。どうすんの? 乗るの? 乗んないの?」

 バスの運転席で迷惑顔をしている運転手殿の言葉をやはり無視したまま。
 致し方あるまい。言峰がどんな仕事をしているのかは気になりますし、このまま運転手殿を待たせるのも申し訳ない。

「いいでしょう、言峰。私も共に行きましょう。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う。貴様が何を企んでいようが、この私がいる以上は全て無駄のことと思うがいい」

 私の言葉を受け、にやりと邪気を多分に含んだ笑みを零す言峰と共に、私はバスに乗り込んだ。

 ちなみに――バス代は無論、言峰もちです。
 仕方ないではありませんか。私は普段、お金はあまり持ち歩かないのです。


 途中レストレンで昼食などを採り、そしてやってきたのは、新都中央会館。

「ここでいったいなにが……」

 初めて入る建物に、内心緊張する自分を隠すことができないが、ここまで来て退くわけにもいかず言峰の後ろを着いていく。
 どうやらここでは何かの催し物が行われているらしいが、いったいなんなのだろうか。そもそも言峰が参加するような催し物が、このような一般に開放された場所で行われていていいのでしょうか、何かが間違っているような気がする。

「セイバー」
「……なんですか?」
「ふっ……そのように緊張せずとも、少々目新しいだけで何も恐れるようなことはない。それよりも、貴様にも手伝ってもらうことがある」

 振り返って言峰が私と視線を合わす。ただそれだけで、この男から威圧感のような物を感じるのは、背丈によるものなのだろうか。
 だがしかし、多少の威圧などではこの身を従わせることなどできはしない。

「愚かな。そのような言に容易くのる私と思うか?」
「……ここまでのバス代、そして昼食代を出したのは私なのだがな。ならばかかった費用は君のマスターに請求するとしよう」

 が。げに恐ろしきは資本主義社会ということか。
 家計簿の前でがっくりとうなだれるシロウの姿を夢想しては断れるはずもなく――


「――で、結局なんなんですか、これは」
「だから副業だと言っているではないか」

 妙にひらひらと装飾の多い服――めいど服とか言うらしいのですが――を着せられて、椅子に座っている言峰の隣に立っている私。手に持たされている木の板に紙を張っただけの看板には『一体 1500円〜』と書いてある。
 そして言峰といえば、先ほどから訪れる、こう……妙に、その、暑そうな方々を相手に、机上に並べた人形を売りさばいていた。

「これはな、セイバーよ。月に一回催されるガレージキットの即売会だ」
「がれーじきっと……とは、先ほどから貴様が売っている人形のことか?」
「うむ。私はこれでもこの道では結構名が売れていてな。ドールマスター・コト☆ミーの名は、この会場にいる者ならば八割以上の人間が知っている。元々は趣味である着せ替えの二次的な要素として始めたことだったのが、どうやら私にはこの道の才能があったらしい」
「な、なんという……」

 恥ずかしい名前だろうかと思う。あえて口には出さないが。
 しかし先ほどからやけに言峰に握手を求める者が多いのはそういうことだったのですか。
 確かに机上に並べてある人形は、一見して見事な出来栄えなのだろうと素人目にも思う。何故、人間の頭に猫の耳や尻尾がついているのかはわからないが、きっとそういうものなのだろう……以前、私もメディアに着せられたことがありますし。

「だがしかし言峰、貴様がそれほどまでに名の知れた者であるのはわかったが、このような格好までさせて私にいったい何を求めているのだ。貴様は人形を売る手助けをしてしてほしいと言ったが、これならば私などいなくても平気なのでは……」
「正直なところを言えばその通りだ。だが、本日の新作の宣伝に、貴様の存在はうってつけなのでな」

 そう言って机の下にある袋から言峰が取り出して並べたのは――


 メイド服を着た私。
 猫の耳と尻尾をつけた私。
 水着を着た私。
 体操服とぶるまぁを着たイリヤスフィール。


 ――の、人形。

「……言峰、これはいったい」
「新作だ」

 途端、周囲にいた人々があっという間に群がり、次々と私たちとイリヤスフィールが売られていく。
 一体売れていくたびに、買って行く人々の視線が私に絡まり、それが不快で――

「ふむ、セイバーよ。どうやら私が思った通り、貴様はこの時代にあっても人々に崇められる存在であるらしいな」
「言いたいことはそれだけですか、言峰」

 ――私はその場で現界させた聖剣の柄を、容赦なく言峰の後頭部に振り下ろした。


「ただいま帰りました」
「おう、おかえりセイバー――って、なんだ、その紙袋!? せ、セイバーがいっぱい!?」

 無論その後、言峰が売ろうとしていた大量の私たちとイリヤスフィールは回収して持ち帰ったのですが……言ったいどうしろというのだろうか。
 捨てるにも忍びないですし、他者の手に渡すなども持っての他ですし……

 言峰?
 あのような慮外者など、新都中央会館の屋根の頂上でカラスに突つかれていればいいのです。