らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 25 日


第 87 回 : うさぎスーツ

 白くて大きく長い耳。
 ふわふわと柔らかそうな尻尾。

 といえば、想像するのはウサギです。実物はまだ見たことがありませんが、テレビで何度か見たことがあるから私も彼の動物のことは知っている。小さくて人懐っこく、とても可愛らしい。私も一度手にして抱いてみたいと思っていた。
 しかし……これは少し違うと思うのですが。

 黒くて水着のように肌の露出が激しい着衣。
 風通しが良すぎる網タイツ。

 私の知っているウサギはこんなものを身につけたりはしていない。

「ふっ、セイバーはまだこちらの世界について勉強が足りないから知らないと思うけど……」
「世の中にはこういう格好をしたウサギが出てくるお店もあるのです」
「しかも時には食用だったりするんですよ」

 その格好をした凛、ライダー、桜が口々に言って私に迫ってくる。そして凛の手にはもちろん、彼女たちが身につけているのと同じ着衣が。
 口に出してはいないものの、彼女たちが何を言わんとしているか、私に何をしようとしているのかはっきりとわかる。身につけた直感のスキルが、この身の危険をけたたましく告げていますから。

「言っておきますが着ません、私はあなたたちとは違う。恥も外聞も知っているのですから」
「人聞きが悪いわね、セイバー。わたしだってちょっとは恥ずかしいと思ってるわよ。でも時々はこういうのも悪くないと思うのよ」
「そうですね。もともとバニースーツはスタイルが良い女性が着るものですから、凛の胸に合うモノを探すのは大変でした。ああ、安心してくださいセイバー。あなたのは私たちと同じモノですから、凛のような恥辱を味わうことはありませんので」
「……桜、あんた自分のサーヴァントの教育がちょっとなってないんじゃない?」
「姉さんのところと違って、うちはゆとり教育がモットーですから。でもおかげでライダーはとってもいい子に育っています」
「あんたのその教育方針……一回、ちゃんと矯正してやんないとだめみたいね……」

 む。なにやらよくわかりませんが、内部相克が激しいようですね。内輪揉めしている間にここは転進するとしましょう。これは逃げるのではありません。後ろに向かって前進するのです。
 そして言い争っている彼女たちに背を向けて、この場を離脱しようと振り返る。

 と、

「!」

 足元にぼすりと、何か柔らかいものがぶつかってくる感触が。

「い、イリヤスフィール……?」
「騎士王ともあろうものが逃げようなんて、士道不覚悟なんじゃない?」

 私の足元にしがみついている白いカタマリ。確かにイリヤスフィールなのですが――

「な、なんて格好をしているのですか、あなたは」

 ――ひとことで言うとぬいぐるみの中に入ったイリヤスフィール。

「ん? ヘンかな。わたし、結構気に入ってるんだけど」
「いえ、別にヘンではありません。むしろ似合っているとは思いますが……」
「でしょ? わたしのお古なのよ、それ。昔、綺礼に貰ったんだけど、気持ち悪いから着てなかったのよね」
「ああ、そうなのですか、り……ん」

 振り返ればにこにこと笑っている凛がいる。そして私の両腕は左右からライダーと桜に捕らえられていました。
 ……ところで桜、その影で捕らえるのはできればやめていただきたいのですが。

「さて、セイバー。これから自分がどうなるか、わかってるわよね」

 邪な笑みを満面に浮かべている凛。彼女の表情を見れば、これからの自分の運命が逃れえない不幸なものだと良くわかる。
 つまるところ、晒し者というわけですね。

「……できれば、優しくしていただけると助かります」

 うなだれながら、そう言うのが私には精一杯だった。


「ただいまー、っておい! おまえらなんなんだその格好!?」
「うふふっ。今日はウサギ祭りですよ、先輩」
「う、うさぎ!? だ、誰だ!? 誰が企んだんだ、これ!」
「私ですが」
「ライダーかよ!」

 居間の方からうろたえているシロウの声が聞こえてくる。いきなり帰ってきてあの有様では無理もないとは思いますが。

「っていうか、セイバーも人事のように見てないで早く行くの!」
「い、イリヤスフィール! やめなさい!」
「せ、セイバー? セイバーもいるのか?」
「っ! ま、待ってくださいシロウ! 今の私を見ないでください!」

 が、時既に遅く、シロウは私がいる台所に顔を出してしまっていた。
 ああ……見られてしまった。今の私を。
 落ちていかないように、必死に抑えている私を。

「……セイバー、それ」
「……何も。何も言わないでください、シロウ」

 今の私では何を言われても、たとえ慰めの言葉であっても素直に受け取ることはできない。

「やっぱりセイバーにライダーサイズは無茶だったのよ。だから言ったのに」
「それがいいのではないですよ、凛。見てください、必死に胸がずり落ちないように抑えているあの様、いじらしいではありませんか」
「ライダー、斬る」
「ふっ、胸から手を離していいのですか? 落ちますよ?」
「ッ!」

 勝ち誇った笑みを浮かべているライダー。なんと憎らしいことだろう。あの態度も、ずり落ちないあのスタイルも。
 ああ、シロウ。何故、目を背けて空を見上げているのでしょうか。
 眦に浮かんでいる雫は、太陽の光が目に染みたからなのであると言ってください。お願いですから。