らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 21 日


第 86 回 : 海の幸を食べよう

「きれいですね……」
「そうだな……」

 水平線の向こう側に沈んでいく太陽が、オレンジ色の光を世界に投げかけている。群青色だった海は、今では太陽に照らされて無数の宝石を海面に零してまばゆく輝いていた。
 浜辺を埋めていたあれほどの人だかりはすっかりなくなって、風が少し冷たくなってくる頃には私たち以外には数えるほどしか残っていない。

 寄せては返す波の音は絶えることなく、だがどこか遠くて静けさを感じる。
 それは隣にこの人がいるからなのだろうか――などと、私は何を考えているのだろうか。

「今日は楽しかったか、セイバー」
「あ――はい。それはもう」
「……そっか、なら良かった」

 唐突にそんなことを聞いてきたシロウは、私の答えを聞くと嬉しそうに笑った。
 自分のことではなく、私のことでこんなにも嬉しそうに笑えるシロウ。彼らしいと思った。
 同時に、彼にこんな笑顔をさせられる自分が少しだけ誇らしくて、嬉しくも思った。

 遠い海の向こう側に浮かんでいる太陽は、重たげに少しずつ自分を沈めていく。
 風が吹いて、髪が流れて頬を撫でる。乱れそうな髪を手で押さえながら、沈んでいく太陽をじっと見つめた。
 今日一日が終わってしまうのが無性に寂しい。理由はわからないが、今日の夕暮れはこんなにも憂愁を誘う。

「……少しだけ、寂しいと思っています」

 気がつけばその思いが口をついて外に出ていた。だが別に構わない、そう思ったのは本当のことなのだから。
 それに聞いているのはシロウだけだ。

「そっか……」
「はい」
「……だったらさ、セイバー」

 一瞬、こちらを見たシロウと目が合った。

「…………」
「来年もまた遊びに来よう。再来年も、その次も」
「…………」
「一緒にさ」
「……はい。わかりました、シロウと一緒に、ですね」

 頷く代わりに、私の手を包んだ彼の手に少しだけ力がこもる。
 だから私も、シロウの手を少しだけ力を込めて握り返して、ほんの少しだけ身をシロウのほうにすり寄せた。

「シローーーウ! セイバーーー!」

 呼ぶ声に振り返ると、イリヤスフィールが両手を腰に当ててこちらを睨んでいた。

「……帰ろうか、セイバー」
「そうですね。帰りましょう、シロウ」

 顔を合わせて、なんとなく笑い合って歩き出す。
 無論、手は繋いだままで――

「帰りにさ、サザエ買って帰ろう。この近くに美味い店があるんだ」
「さざえ、ですか?」
「ああ、そういえばセイバーはまだ食ったことなかったっけ。壷焼きにすると美味いんだ」
「なら、今日の夕飯はそれにしましょう」
「オーケー、期待してていいぞ」
「はい、楽しみにしてます。シロウの作るご飯はとても美味しい」

 いまだ見ぬさざえのつぼやきに思いを馳せながら、暮れていく夏の浜辺をシロウと歩く。
 砂浜に私たち二人の影は、重なり合って長く伸びていた。