らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 19 日


第 84 回 : お披露目しよう

 さくさく、と砂を食む音が足元から聞こえてくる。そして時折混じる貝殻を踏む感触。
 薄いパーカーを貫いて肌に突き刺さる日差しは痛いくらいに厳しく、白い砂浜に反射する光が目にまぶしい。

「シーローウー!」
「おっ、来たかみんな――ってうわぁぁぁっ!?」

 砂を蹴り上げながら走っていったイリヤスフィールが飛びついて、シロウを砂浜に押し倒す。いつものことと誰も何も言わないが、双方とも水着姿ですからその……少々問題があるような気もするのですが……

「シロウ! シロウシロウ! 海だよ、泳ごっ!」
「わ、わかったからとりあえずどいてくれイリヤ……というか、なんなんだおまえ、その水着っ!?」
「ん? サクラから貰ったんだけど、何かヘンなの、これ?」

 イリヤスフィールが水着の胸元を引っ張って自分を見下ろす。
 変と言うか、似合ってはいるのですが、少なくとも周囲に彼女と同じ水着を着ている人などいるはずもない。ああ、浮いているという意味では変と言えば変なのでしょうか。

「だいたいなんでスクール水着なんだよ」
「なんでだろ。サクラに聞かないとわかんなーい」
「桜もなんだってまた……こんな特殊な」
「ふふっ、似合ってますよね、先輩」

 そう言ってクーラーボックスを手にやってきた桜はさすがにすくーる水着とかいう幼げな水着ではなく普通の水着だ。
 薄桃色の上に白い花びらが散っているのが『桜』を思わせて、彼女には良く似合っている。

「どうですか先輩? 今日のために新しく買ってきたんです」
「あ、ああ……良く似合ってる。ライダーもな」

 前屈みになって覗き込んでくる桜から赤くなって目を逸らし、背後にいたライダーに目を向けて彼女にも賛美の言葉を投げかけた。その言葉を受けたライダーも、満更ではないように薄く微笑み、小さく頷く。
 確かにシロウの言う通り、胸元がやや深めに切れ込んでいるだけの黒い水着は、シンプルではあったが彼女に良く似合っていた。

「おっ、ちゃんとパラソル立ってるじゃない、ごくろーごくろー」
「いいですけど藤村先生、歩きながら食べないでください。みっともないですよ」

 凛が両手に缶ジュースを入れた袋を提げて、そして大河が焼きそばを食べながらやってきた。二人には飲み物の買出しをお願いしていたのですが、どうやら余計なものまで買ってきたようですね。

「うーん、やっぱり海と言ったらまずいラーメン、もしくは焼きそばねー」
「まずいものを食べてなにがそんなに嬉しいのかわからんが、少しは働け藤ねえ。悪いな、遠坂」
「構わないわよ、別に。……それより士郎、わたしにはなにか言うことないのかしら?」

 持っていた袋を下ろし、腰に手を当てて自分自身を見せ付けるように仁王立ちする凛。
 彼女の水着は、彼女が私に勧めてきた胸元と腰周りのみを覆うだけのものだ。何でもビキニというらしいが、少なくとも私にあの水着を着る勇気はない。
 だがしかし、シロウとて男性。男性にとって女性の肌というのが格別の意味を持っているのは、私とて子供ではないのだからわかっている。現にシロウも、自分の前に立っている凛を、ぼーっと、まるで時間が止まったかのように見つめている。
 さすがの凛もそんな不躾な視線に羞恥心を起こされたのか、頬を赤くした。

「ちょ、ちょっと! そんなまじまじと見ないでさっさと……」
「あ、いや。うん、ごめん。似合ってるぞ遠坂。いや、ほんとに」
「……な、ならいいのよ。ばか」

 一切の虚飾のない、シロウの言葉に凛の顔は更に赤く染まり、そんな自分を見せまいとするかのようにシロウに背中を見せて黙り込んでしまう。
 が、彼のほうからは見えなくなってしまった凛の頬がひくひくと微妙に引きつっているのがここからだと良くわかる。あれはにやつきそうになっている自分を必死になって抑えている表情だ。
 ……まったく、なんとも凛らしい。

「ねえねえ、士郎ー、お姉ちゃんになんか言うことはないの?」
「あ? ああ……藤ねえは、その、なんだ……」

 大河に聞かれて我に帰ったシロウは、彼女の姿を上から下まで見渡して、

「とりあえず、海に来てまでコスプレはどうかと思うんだが」

 いつぞや柳洞寺のメディアの部屋で着ていたのと同じデザインの彼女の水着を見て、そうつぶやいた。


「ところでシロウ、バーサーカーはどこ行ったの?」
「ん? あいつならゴムボートを……おっ、帰ってきた」
「■■、■■■ーーー!」
「おかえり、バーサーカー!」
「それにしても、ギリシャ神話の英雄がゴムボートを借りにお遣いっていうのもすごい話ね……」

 帰ってきたバーサーカーと戯れているイリヤスフィールを見ながら凛が呆れたようにつぶやく。
 私も全くその通りだと思いますが、とは言っても私自身これでもブリテンの英雄と呼ばれた身ですからなんとも――

「で、セイバー」
「――はい? なんですか凛」
「なんだじゃなくって、あんたはいつまでそこでそうしているのよ」

 凛の一言でその場の全員が一斉にこちらを振り向く。
 すなわち――ライダーの背後に隠れている私のほうを。

「こ、これは別に、隠れているというわけではなくって……その」
「あー、誰もそんなこと聞いてないわよ。いつまでもそうしてないでとっとと出てきなさいって言ってるの」
「そうですね。私もこのまま柱の影のように扱われるのはあまり気分が良くはありませんし」
「で、ですが……」

 そのようなことを言われても、こうも注目を集めていては出ようにも前に出にくい。
 しかし、

「セイバー? どうしたんだよ」
「うっ、シ、シロウ……」

 彼にまで不思議そうな表情で首を傾げられては、さすがにこれ以上このままでいるわけにもいかない。
 覚悟を決めて、ライダーの影から姿を前に現す。

 と――

「ったくほら、せっかく買ってきたんだからこんなもんもとっとと脱ぐ!」
「ひゃっ! な、なにをするのですか凛!」

 羽織っていたパーカーを脇から凛に取り上げられて、私の肌は日の光に晒された。
 そして当然……シロウの視線にも。

「…………」
「あ、あの……」

 シロウが選んでくれた水着は、ライダーと同じで本当にシンプルなものだった。
 ワンピースタイプの、真っ白な水着。腰に巻きつけた、薄い青地に花をあしらったパレオという布が他の誰かと違うところといえば違うところだ。
 凛などはもっと柄の激しい水着などを勧めてくれたのだが、シロウは、

『いや、セイバーにはこのくらいの控えめなのが多分似合うと思うから』

 と、そう言ってくれた。だから私もこの水着を選んだのだが、こうしていざ着て前に出て、シロウはいったいなんと思っただろうか。

「シロウ……その、やっぱり私は……」
「……うん。やっぱり思った通りだ。良く似合ってるよ、セイバー」
「!」

 しばらくの間、私をじっと見ていたシロウは一つ大きく頷いてそう言ってくれた。
 言われて、最初にこみ上げてきたのは安堵だった。その次にようやく、良かった、とそんな気持ちを実感した。

「……ま、あいつじゃあの程度が精一杯でしょうけど……良かったじゃない、セイバー」
「凛……はい」

 私だけに聞こえるようにそっと耳打ちする凛の言葉に素直に頷く。心底から私は、そう思っていた。


「なあ、ところでさ。バーサーカーって大丈夫なのか?」
「ん? なにがよ」

 シロウが隣に立っているバーサーカーを指差して聞いてくる。
 指を差されて、バーサーカーは『■■■?』と首を傾げ、そのマスターであるイリヤスフィールも同じように小さく首を傾げている。

「いやほら、ここって冬木市じゃないだろ? あそこの人たちなら慣れてるだろうからともかく、そうじゃない人たちからしたらさ」
「ああ、そのこと? だったら平気よ。バーサーカーには他者からの認識を狂わせる魔術をかけてるもの。そう大した効果はないけれど、バーサーカーのことを知らない人たちを騙すくらいはわけないわ。だから今、周りの人たちからすれば、バーサーカーは人よりもちょっと背の高い人、くらいにしか見えてないはずよ」

 なるほど、さすがは凛です。用意は周到というわけですか。
 ……だがしかし、それにしては――

「――しかし凛、妙に周囲の人々の視線がバーサーカーに集まっているような気がするのですが」
「え、え? そうかしら……」
「セイバーの言う通りだな。おい、バーサーカー、おまえなんかやったか?」
「■■■、■■■■■■ーーー!」

 濡れ衣だ、と言わんばかりに激しくてと首を振るバーサーカー。ふむ、この様子では何もしていないようですね。
 もっとも普段の彼はひどく大人しく、正直者で品行方正だ。時折私を散歩に連れ出したがるくらいで、全くの人畜無害なのですからそのような心配などする必要はないのですが……しかし、それならばいったい?

「ねえ、リン。ちょっと聞きたいんだけど」
「な、なによイリヤ。ちゃんと正常に魔術効果が働いてることくらい、あなただったらわかるでしょ?」
「うん、それはそうなんだけどね」

 と、それまで小首を傾げていたイリヤスフィールが顎に人差し指を当てたまま顔を上げた。

「バーサーカーの声って、周りの人にはどう聞こえてるのかなーって」

 聞いたイリヤスフィールを始めとして、私、シロウ、桜とライダー、それから良くわかっていない様子の大河の視線が一斉に凛に集まる。
 そして私たち全員の注目浴びた凛は、腕を組み顎に手を当て、しばし考え込むように宙を見つめた後――

「……えへっ、忘れちゃった」

 ――ぺろっ、と舌を出してそれはそれは可愛らしくうっかりを告白したのでした。