らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 18 日


第 83 回 : 海に行こう

 前回と同じようにライダーの車に乗って海へ。

「ねえ、シロウ。窓開けてもいい?」
「ああ、いいんじゃないか」

 視線で伺ってきたシロウに私たちが頷いて、イリヤスフィールが車窓を開ける。

「うわぁ、やっぱりなまぐさーい!」

 髪を海風にたなびかせている彼女の言葉に思わず苦笑する。海を見るのは五月の連休中、やはり車の中で見た時以来のことですが、その時もやっぱり彼女は同じように生臭いと声を上げていた。私にしてみれば、この潮の香りの中にこそ海を感じるのですが。

 窓の外に広がる海は天頂にある太陽の光を照り返して虹色の輝きを放っている。横たわる砂浜は白く長く伸びて、寄せる波を返していた。
 私は海は戦でしか知らない。軍船を並べ、敵国に攻め入り時に迎え撃つ。私にとって海は戦場でしかなかった。
 眼下に見下ろす海では、たくさんの人が思い思いに戯れている。砂浜に身を横たえる者、海に入って泳ぐ者、それぞれだ。
 そんな光景を見下ろしながら、私の胸はわけもなく昂ぶっていた。


「じゃあ、着替えたら浜で合流ね。シロウとバーサーカーはそれまでにパラソルを立てておくこと」
「人使い荒いな遠坂……」
「■■■■ーーー!」

 下にすでに水着を着込んでいるらしいシロウたちと別れて、私たちは更衣室に向かう。
 ……わけもなく緊張してきた。ただ水着を着てシロウの前に立つだけだというのに。

「ねえ、セイバー」
「は、なんでしょうかイリヤスフィール?」

 呼ばれて見下ろすと、何故かイリヤスフィールが少々不機嫌な表情で私を見上げている。

「セイバーの水着って、シロウに買ってもらったやつなんでしょ? ズルイ」
「い、いえ。それは違います。買ってもらったわけではなく、選んでもらっただけで……」
「それで十分よ。ふんだ。わたしなんてサクラが選んだ水着なのに」

 言いたいことはそれだけだったのか、イリヤスフィールは頬を少し膨らませてそっぽを向く。彼女にしてみれば、自分もシロウに選んでもらいたかったのでしょうが、あの時いなかったのが運の尽きとでもいうのでしょうか。

 歩きながら浜辺と海を眺める。
 視界の端から端まで埋め尽くす、群青の大海原。寄せては返す波の白い飛沫がここまで飛んできて頬に触れる。水平線の遠い向こう側には我が祖国があるのでしょうが……当然のことながら見えるはずもない。

「それにしても、ほんとに暑いわね」
「ええ、本当に」

 じりじりと地面を焦がさんとしているかのように厳しい日差しが私たちの肌にも容赦なく突き刺さり、焼けたコンクリートの熱は、サンダルを通して足の裏にまで伝わってきている。
 手をかざして空を見上げる。
 直視できない太陽から降り注いでいる光の色はいつか見た虹と同じ色だった。

「とりあえずサンオイル塗らなきゃね。紫外線はお肌の敵だし」

 凛がブラウスから伸びる白い腕をさすりながらつぶやいた。

「さんおいるとはなんですか?」
「ん? セイバーちゃん知らないの?」
「ええ、申し訳ありません。まだ少々疎いもので。教えていただければ助かります、大河」
「紫外線から肌を守るためのオイルですよ、セイバーさん。強い紫外線は毒ですから……塗っておいたほうがいいですよ」
「ふむ、そうなのですか。ありがとう桜」
「って、なんで桜ちゃんが答えちゃうのよぅー」

 出番を取られたからか、大河が腕を振り回して文句を言う。
 麦藁帽子に白地のTシャツ。彼女が暴れるたびに、コンクリートに映った麦藁帽子の影がゆらゆらと揺れる。

「それじゃ藤村先生は、サンオイルってなんだと思ってたんですか?」
「決まってるじゃないそんなの。士郎に塗ってもらうぬるぬるしたやつでしょー?」
「……というわけです、セイバーさん」
「はい。良くわかりました桜」

 『なんだその失礼な反応わー』とか『ねんちょうしゃに対する敬意が足りないんじゃないのようー』とか大河が騒いでいるが、無論きっぱりと無視です。

「セイバーさんもちゃんとサンオイル塗らないと駄目ですよ。そんなに肌真っ白で、紫外線には弱そうなんですから」
「む。如何な天然自然の存在といえど、私が太陽の光よりも弱いなどと。訂正してください、桜」
「だからそーいうことじゃないわよ、セイバー。いいから黙ってオイル塗っとけばいいの」

 ふむ……いまいち釈然としないものがありますが、凛までそう言うのでしたら敢えて逆らう理由もない。

 その時、ひときわ強い海風が吹いて、大河がかぶっていた帽子が私の手元に飛んできた。
 ところどころ網のほつれた、幅広の麦藁帽子。
 なんとなく自分でかぶり直して、はためく白いワンピースの裾を片手で押さえる。

 海はどこまでも広くて大きくて、包み込まれそうなその雄大さに、わけもなく私の胸は高鳴っていた。