らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 17 日


第 82 回 : 水着を買おう

「もうすぐ海の日ですね」

 何気なくそう言ったのは桜でした。

「海かー、そういえばもう何年も行ってないわね」

 そう言ったのは凛でした。

「じゃあ週末は海に泳ぎに行くのだー!」

 叫んだのは大河でした。
 この間、わずか三十秒足らず。相変わらずの即断即決です。週末はバイトだ、と主張しているシロウの意見など聞く耳持たず、大河は先手を取ってシロウのバイト先に連絡をしてしまいました。
 私自身は海に行くのは構わない、というかむしろ楽しみなのですが、問題がひとつだけある。

「私、水着持っていないのですが……」


 というわけで新都に水着を買いに来たのですが――

「り、凛! これはその……少々布地が少ないのではありませんか?」
「えー、そんなことないわよ。似合ってるじゃない。士郎! あんたもそこで天井見てないでこっち来て一緒に見繕いなさいよ!」
「ば――馬鹿言ってんじゃねえ! だいたい俺に女の子の水着なんてわかるもんか!」
「そういう問題じゃないのよ! それでもあんた、この子のマスターなの!?」
「そ、それこそ関係ないじゃないか!」

 凛とシロウが言い争うのを聞きながら、渡された水着に目を落とす。
 こんな……胸と腰周りしか隠さないようなものを着るのは、いくらなんでもさすがに無理です。このまま凛に任せっぱなしでは、きっと面白がってこんなものばかり選んでくるでしょう。
 かと言って自分で選ぼうにも、私に水着の善し悪しなどわかるはずがない。桜は桜で、向こう側で紺色の水着を手に怪しげな笑みを浮かべているし……彼女に頼むのも危険であると、私の直感が警報を最大限にして告げている。
 だとしたら、他に頼めるなど一人しかないではないですか。

 振り返れば、彼はまだ凛と激しく言い争っていて、少し離れたところで店員の女性が二人を止めるべきかどうか悩んでいた。

「シロウ、凛。周囲に迷惑がかかりますから、このようなところで争わないでください」
「あ、ああ、ごめん」
「ふん。こいつが悪いのよ。いつまでもグズグズ言ってはっきりしないんだもの」
「はい、そのことなのですが……シロウ」

 正面から向き直って、下からシロウを見上げる。彼の瞳の位置は以前より少し高くなって……背が伸びたのでしょうか。

「よろしければシロウが選んではくれないでしょうか」
「え゛?」
「……む」
「私ではその……水着のことなど良くわかりませんし、凛の選ぶのは少し恥ずかしいですし、それに――」

 背後にいる彼女をそっと窺う。

「フフ……セイバーさんなら幼女体型ですし、きっと似合います……」
「――桜はあの調子ですし」
「我が妹ながら……あの子、いつのまにあんなマニアックな子に……」
「ですからシロウ、ここは私を助けると思って、どうかお願いします」
「うっ……!」

 自分を紅潮させて、一歩あとずさるシロウ。背中が柱にぶつかって、逃げ場をなくす。
 引きつった表情は羞恥と困惑と恐れが浮かんでいて、彼の精神状態がどれだけ追い込まれているのかが如実に見て取れる。私とてシロウをここまで追い詰めるのは本意ではないのだが……

 すいません、シロウ。私も自分が可愛いのです。