らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 13 日


第 80 回 : 福引け

 商店街で買い物をしたところ、福引券をいただきました。私の手元に三枚、偶然商店街で出会ったアーチャーの手元には一枚です。
 福引券は千円の買い物につき一枚もらえたのですが、アーチャーは凛の言いつけで値引きに値引きまくっていたため、夕飯の買い物も福引券一枚分で済んでしまったのです。その手腕はさすがとしか言いようがありませんが……なんというか、微妙な気持ちです。

「ところでシロウ、本当に全て私が使っていいのですか?」
「ああ、構わないよ。福引なんて初めてだろ。だから、ほら」

 そう言ってシロウは私の手に三枚の福引券を握らせる。

「たかが福引ごときでなにを大げさなことを……ふん、くだらん」
「うるせえ、おまえには関係ないことだろ」

 ――まったく、この二人は。

 にらみ合うシロウとアーチャーを横目に見ながら、少しだけため息をつく。
 近親憎悪という言葉があるのは知っているが、彼らほどその言葉を体現している者は他にいないだろう。なにせ同じエミヤシロウなのだから。
 と、言ったところで彼ら二人が全く別のエミヤシロウであることもまた事実。だからこそ余計に仲が悪いのでしょうが……

「む、すまんセイバー」
「……ふん」

 とにかく、せっかくなのですし福引をやりましょう。もしかしたら一等の温泉旅行一泊二日が当たるかもしれませんし。
 ちなみに二等は全自動洗濯機。当たればシロウが喜びますね。で、三等は泰山飯店の麻婆豆腐食べ放題……って、これは言峰以外に喜ぶ人はいないのではないでしょうか。というか、私だったら当たったとしても、丁重にお返しするでしょう。

「とりあえずアーチャー、先を譲ります。どうぞ」
「ああ」

 頷いてアーチャーが福引を回す。
 二、三回軽い音と共に六角形の箱が回転すると、中から小さな玉が飛び出してきた。
 その玉の色は――銀色。

「おお、兄ちゃん当たりだ。二等賞だよ、やるねー」

 魚屋の店主が手に持った鐘を鳴らしながらアーチャーを讃える。
 同時に周囲の観衆から感嘆の声が漏れた。もちろん、その中には私とシロウも含まれている。まさか、たった一度の挑戦で二等を引き当てるとは。

「ふむ、そうか」
「? どうしたのですアーチャー、嬉しくはないのですか?」
「いや、そういうわけではない。ただ我が家の洗濯機はこの間、私が修理したばかりでな。新品同様なのだ」
「なるほど……確かにそれでは少し困るかもしれませんね」
「ああ、だがせっかくただで洗濯機が貰えるのだからな。貰っておくに越したことはないだろう」
「はい、そうするといい。きっと凛も喜ぶでしょう」
「……はっ。どうだかな。生憎うちのマスターは素直ではないのでな」

 口元を歪めた笑みを浮かべるアーチャー。まあ、確かに彼の言う通りかもしれませんね。

「さて、今度はセイバーちゃんがやるのかい?」
「あ、はい。よろしく頼みます、店主殿」
「あいよ。三枚だから三回だね」

 ふむ、いざやるとなると少しばかり緊張しますね。アーチャーに言わせればたかが福引なのですが。
 そんなことをぼんやり考えながら福引を回す。がらがらという音、そしてその後にかたんという小さな音がして――

「はい、はずれー」

 出てきたのは赤い玉。さしだされたのはポケットティッシュ。

「……ふむ」

 なるほど、はずれてしまいましたか。いや、実際のところそんなものなのだろう。一回で当たりを引き当てたアーチャーは、今回に限りあまりにも並外れて運が良かったというだけだ。
 ちらりと見ると、アーチャーは腕を組んで瞳を伏せ、シロウはじっとこちらを見つめている。

「セイバーちゃん、二回目やるかい?」
「無論です。ここで退くわけには参りません」

 そして二回目。一度目よりも二度目のほうが、はずれが減った分当たりやすいはずです――そんなことを考えながら福引を回す。
 先ほどよりもやや勢いよく回転した箱から飛び出したのは、

「はい、またはずれー」

 やはり赤い玉だった。

「…………」
「運がないのかねー、セイバーちゃん」
「……そうかもしれない。だが……運も実力のうちと言うではないですか」

 やはりあの赤い騎士は、なお腕を組んだまま瞳を伏せこちらをも見ることもない。
 それはつまり――私など眼中にないということですか。

「いいでしょう……ならば、その瞳、開かせてみせよう」
「お、おーい、セイバーちゃん?」
「店主殿、三度目です」

 三枚目の、最後の福引券を叩きつけ福引機の取っ手を握る。自然と、内側から戦意が湧き上がり取っ手を握る手にも力がこもった。
 一つ大きく呼吸して、気息を整える。
 気合は十分、戦意も十分。……ならば、あとは駆け抜けるのみだ。

「……はぁっ!」

 我が全力を込めた六角形の箱は激しく回転し、もはや常人の目では六角形の角を捉えることも叶わない。中の玉が流れる音は、回転する音にかき消された。
 完璧だ、これ以上ないほどの回転……!

 やがて回転する箱から玉が飛び出して――

「ぐっ!?」

 ――アーチャーが、くぐもった悲鳴を上げた。
 はて、悲鳴?

 振り返ると――腕を組んだアーチャーの額に玉が突き刺さっていた。そして流れる一筋の赤い線。

「あ、アーチャー?」
「……セイバー。少しは加減を覚えろ」

 瞳を閉じたまま頭を振り、ぽろりと玉が落ちる。その色は、

「えーと……赤、か?」
「だな……これ、やっぱりはずれなのか?」

 その赤が血の色なのか玉の色なのか、どちらなのかわかりませんが……どちらにしろポケットティッシュですね。
 アーチャーの血を拭かなければいけませんから。