らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 9 日


第 77 回 : おかゆ

 起きたときから妙に調子が悪そうでしたし、おかしいとは思っていたのです。

「まったく……普段人にはあれだけ無理をするなといっておきながら、自分はこれですか……」
「う……すまん」

 体温計に表示された数字は三十八度。高熱であるといって差し支えないでしょう。
 なのにシロウは、自分の体の調子が良くないのをわかっていて普段通りに朝食の支度などをしようとしていたのだから許せない。私の朝食とシロウの身体と、いったいどちらが大切だと思っているのですか。

 ……どちらも大切ですが、私の食事は桜か凛にお願いすればいいのです。

 凛と桜、それから大河を学校に送り出し、今この家にいるのはふとんの中で横になっているシロウと彼の額に乗せる濡れタオルを絞っている私だけ。イリヤスフィールはいつの間にかいなくなっていました。

「シロウ……」
「ん、悪いなセイバー……迷惑かける」
「はぁ……ですからシロウ、私は迷惑だなどと少しも思っていないのですが。むしろ普段世話になっている分を返す機会ができて、少しありがたいくらいなのですから」
「なんだよそれ……じゃあ、俺が風邪引いて、セイバーにとっては良かったってのか?」

 軽口を叩き弱々しく笑っているシロウの額に濡れタオルを乗せる。
 当たりまえだが、もちろんシロウが風邪を引いて良かったなどと思ってはいない。ただ、これを機会に少しでも休んでくれればとは思う。正直なところ、シロウは普段から少し働きすぎだと思うのだ。

 ……と、ふと時計を見ると時刻は既に昼を指していた。

「そろそろお昼ですが、食欲はありますか?」
「うーん……そうだな。朝飯食ってないし、おかゆくらいなら……」
「おかゆ、ですか……ふむ」

 以前、イリヤスフィールが風邪を引いたときに、シロウが作っているのを手伝ったことがあります。作り方も、横で見ていましたし、それにシロウが普段使っている料理の本もありますし、おそらく何とかなるでしょう。

「承知しました。今から作ってくるので、しばしの辛抱を」

 今この家にいるのは私だけ。凛も桜もいないのだから、風邪を引いたシロウの世話をできるのも私だけなのです。
 ならば慣れていないことだからと躊躇するわけにはいかない。
 待っていてください、シロウ。あなたに捧げたこの剣にかけても、必ずや。


「……お待たせしました、シロウ」
 本当にだいぶ待たせてしまいました。
 シロウがおかゆを作ったときの倍以上の時間がかかってしまい、気がついたたら時計の単針が一つ右にずれていた。

「ありがとな、セイバー。結構大変だったろ?」
「まあ、その……初めてのことでしたし。いえ、でも! ちゃんとできたと思いますし、味見もしていますから……」
「大丈夫、わかってるって」

 そういってシロウは身を起こして、私から鍋を受け取ろうと手を伸ばす。
 ……が、私はその手を拒んだ。

「セイバー?」
「…………」

 確かあのとき、イリヤスフィールはシロウの作ったおかゆを自分では食べていなかったはずです。
 それが病人に対する看護の一環であるというのであれば、私も同じことをシロウにして差し上げなければならない。
 別して自分がそうしたいというのではありませんが――シロウためであるならば、怯むことなどありません。ええ、むしろ自ら進んで成すくらいでなくては、シロウのサーヴァントと胸を張って言うことはできないでしょう。

 ですから――少しくらい恥ずかしかろうと、我慢しなければなりません。

 レンゲでおかゆを掬って、少しだけそれを冷まし……私がそうするのを呆然と見ているシロウの口元に持っていく。

「で、ではシロウ……どうぞ」
「……え?」
「ですからその……く、口を」

 確かあのときシロウは「あーん」とか言ってましたが、さすがにいくらなんでもそれは言えない。恥ずかしすぎます。
 やがてシロウも私がしようとしていることがわかったのか、顔を少しだけ赤くする。

「あー、いや、セイバー。俺、自分で食えるからいいって」
「む。シ、シロウは私の世話になるのが嫌であると?」
「そういうんじゃなくってさ……」
「ならいいではないですか! 何度も言いますが、私はシロウの世話するのが迷惑であるなどとは少しも思っていない。ですから――」

 言って、再度シロウの口元にレンゲを持っていく。
 シロウは少しの間、目の前にあるレンゲをじっと見ていたが、やがて観念したように口を大きく開いた。

「……では、失礼します」

 そっと、レンゲを口に運んでシロウが食べる。

「あの、いかがでしょうか」
「……ん。美味いよ」
「そ、そうですか。それなら……良かった」

 そう言ってくれたことに安心して、もう一度シロウの口元にレンゲを運ぶ。
 シロウがおかゆを食べて、私が運び、少しずつ少しずつ、鍋の中身は少なくなっていった。


「ごちそうさん。美味かったぞ」
「はい、ありがとうございます。……眠たいなら眠ってください」

 鍋をすっかり空にして、ふとんになりシロウが眠たそうに目を瞬かせる。
 枕元に膝を突いて、シロウの髪を少し撫でた。

「私はここにいますから……」
「……ん」

 そう呟くようにもらして、目を閉じようとしたそのときでした――

「シロウーーー! タイガが前に言ってたすぐに風邪が治る方法、持ってきたよーーー!」

 ――イリヤスフィールが部屋に飛び込んできたのは。
 その手に、焼いた葱を持って。

 私とシロウが全力で彼女を止めたのは言うまでもありません。
 特にシロウは、それこそ必死でしたね。嫌な思い出でもあるのでしょうか。