らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 7 日


第 76 回 : 七夕(当日)

 そして七月七日。
 幸いなことに雲一つない天には瞬く星が河のごとく流れ、ほとりには輝く夫婦星が向かい合っていた。

 せっかくなので、少しだけ勉強しました。
 彦星と呼ばれる男星は、わし座のアルタイル。そして女星である織姫は琴座のベガ。
 そもそもは日本ではなく、中国を発祥とする物語が元になっており、それが日本に伝えられて七夕というお祭りとなったとのことでした。
 もっとも、私あまりそういった伝承には興味はありません。だいたい昨日まで七夕の存在すら知らなかったのですから。今日という日が、十分に楽しめるのであれば良いのです。

 シロウが庭に植えた笹には、大河やイリヤスフィールが作った紙飾りが飾り付けられ、ゆったりと流れる風に流されて笹の葉と共にしゃらしゃらと音を奏でている。
 そしてもちろん、各々が吊った短冊もまた揺れている。
 短冊に託された願いごとは、本当に些細なものでしかない。

 例えば『もっと質のいい宝石がほしい』とか『もっとスリムになりたい』とか。……両者とも匿名でしたが。
 それからイリヤスフィールは『シロウと一緒にお風呂に入りたい』……などと、駄目に決まっているではないですか。大河は『佐山聡のマスクが欲しい』って、いったい誰のことなのでしょう。
 ちなみにバーサーカーの短冊は、残念ながら理解不能でした。星も彼の願いを理解できたかどうか……微妙なところです。

 いずれにせよ、他愛のない願い事です。
 叶うのならそれに越したことはないけれど、決して叶わないとしても別に構わないような、そんな程度の小さな願いごと。
 私が短冊に託した言葉も、その程度のことでしかありません。

 もし叶うならば、少しだけ幸せになれるかもしれない――そんな程度の、小さな願いごとです。


 せっかくだからということで、今日は酒が振舞われた。
 いつもだったら士郎が厳しく制限するところを、今日は殆ど無制限である。おかげで大河は既に大虎へと変貌し、桜は赤い顔をして平然と杯を空けている凛になにやら説教をしている。もちろん、言葉の殆どは右から左へと流れているのでしょうが。
 イリヤスフィールは、バーサーカーの頭に上ってやっぱり赤い顔をしながら左右に揺れている。誰でしょうか、彼女に酒を飲ませたのは。バーサーカーは、そんな彼女が落ちないようにバランスをとりながら、静かに杯を傾けていた。

 そして私は、一人で星を見上げながら酒盃を傾けていた。
 滑り落ちていく酒が喉を焼き、身体をまた少し熱くする。漏れる吐息すら、熱がこもっていた。  風が、火照った身体に心地よい。酒を飲むのも随分と久しぶりのことですが、たまには良いものです。

「セイバー、隣いいか?」
「シロウ? ……はい」

 そう言って、缶ビールを一本持ったシロウが隣に腰を降ろす。

「まったく、藤ねえも遠坂も桜も少し飲みすぎだ。イリヤまであんなんなっちまってるし……今はバーサーカーがついててくれてるから平気だろうけどさ」
「そうですね……ごくろうさまです、シロウ」

 ビールのプルトップを上げて口をつける。缶を傾け一気に流し込んで、大きく息をついた。
 隣に座るシロウに、ほんの少しだけ酒のにおいが混じる。

「まあ……なんだ。良く晴れてくれたし、みんなもなんだかんだ言って楽しんでくれてるし……良かったよ」
「……ええ。そうですね」

 シロウと二人、並んで座って夜空を見上げた。
 天に輝く星の河の流れは、どこまでも遠く、途切れることなく流れている。
 織姫と彦星の二人は、その流れを挟んでずっと見詰め合っているが――悲しいことに触れ合うことはできない。

 彼らは誰か他の人の願いを叶えることはできても、自分たちの願いを叶えることはできない。
 その分だけ、他の誰かの幸せを叶えるのだろう。

「……きれいですね」
「ああ、そうだな」

 交わす言葉はたったそれだけ。それだけで十分。

 ほんの少しだけ、酔ったふりをして身体を傾ける。
 肩が彼の腕に触れて――そして、頭を彼の肩に預ける。

「…………」
「…………」

 シロウは黙って、私の肩を引き寄せてくれた。


 誰が叶えてくれたのか……それはわからないけれど。
 私は少しだけ、幸せになれた気がした。