らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 6 日


第 75 回 : 七夕(前日)

「シロウ、なにをやっているのですか?」
「ああ、明日の七夕の準備をしてるんだよ」
「七夕……ですか?」

 聞いたことのない言葉ですね。当たりまえのことかもしれないが、今の時代には私が知らない言葉が多い。おそらくは何かの催し物だと思うのですが、いったい何の催し物なのか、見当もつかない。
 笹と、シロウが持っている小さな紙。これらでいったいなにをするというのだろうか。

「シロウ、七夕とはいったいなんなのですか?」
「そういえばセイバーは知らなかったか。七夕ってのはな……」


「……なるほど。それが七夕というものですか」

 毎年七月七日、天の星の河が流れの中に織姫と彦星が出会う日。この国に住まう人たちは、彼と彼女の出会いにあやかって、自分たちの願い事を短冊に託して笹に吊るす。
 ……正直なところ、やや他力本願ところはあると思いますが……おそらくは願いが叶うか叶わないかは問題ではないのでしょう。

「実のところ、うちで七夕なんてするのも随分と久しぶりなんだけどな」
「そうなんですか?」

 紙を短冊の形に切りながらシロウが呟く。

「切嗣が死んでからずっとやってないから」
「……そうですか」

 何故かなどと、聞くまでもない。
 しかしそれならば何故、今年になってまたやる気になったのだろうか。

「あー、だって今年はセイバーがいるじゃないか。イリヤだっているし……せっかく皆いるんだから賑やかなほうが楽しいだろ。ほら」

 思ったことを聞いてみて、返ってきたのはそんないかにもシロウらしい答えと一枚の短冊。

「セイバーも自分の好きな願いごと書いとけよ。本当に叶うかどうかは保障できないけど、何事もやってみなけりゃわからないだろ?」
「そ、それはそうですが……笹に吊るしては他の誰かに見られてしまうではないですか」
「だからだよ」

 シロウはそう言って楽しげに笑う。

「もしさ、他の誰かがセイバーの願い事を叶えられるんだったらさ……もしかしたら、本当に叶うかもしれないじゃないか、願いごと」

 彼の言うことはあまりにも無茶苦茶だった。そもそも人には叶えられない願いだから星に願いを託すというのに、それではあまり意味がないとも思う。
 とはいえ――

「そうですね。年に一度のことなのです。同じ戯れるのであれば、共に楽しむほうが良いというものですね」
「ってことだ。セイバー、それをこの国では同じアホなら踊らにゃ損、っていうんだぞ」
「私はアホではありませんが」

 シロウの言うことにも確かに一理あると思う。
 それに、短冊に書くのは何も星にしか叶えられないような大きなものでなくも良いのだ。

 ……そう、せいぜい人一人が叶えられるような、そんな小さな願いならば。
 もしかしたら短冊に綴った私の願いを、誰かが叶えてくれるかもしれない。

 淡い泡沫のような期待を胸に、私は今の私の小さな願いを短冊に綴るのだった。