らいおんの小ネタ劇場

2004 年 7 月 5 日


第 74 回 : 博打街道

 それはかれこれ一ヶ月前のことでした――


「我にひれ伏せ、雑種ども!」
「いきなり現れるなりなにを寝ぼけているのだ貴様は」
「うむ、とりあえず怖いので剣をどけるのだセイバーよ」

 まったく、朝も早いうちからたわけたことを……誰かと思えばこの男ですか。起きてきて損しました。
 見れば遠くに見える空の向こう側はうっすらと紫色のままで、風もまだ冷たい。いつもなら当然、私も深い眠りの中にいる時間帯である。

 本来なら睡眠を必要としないサーヴァントといえど、一度眠りに落ちたのであれば人であった頃の欲求に己を引きずられるのは仕方が無いことだ。
 つまりなにが言いたいのかというと、私はまだ眠たいのです。
 ……だというのに、この男は、それを。

「……で? いったい何の用だというのですかギルガメッシュ。こんな時間に訪ねてくるのですから、それ相応の理由があるのでしょう?」

 逆に、もし無いなどと言うのでしたら私にも考えがあります。正直なところ、寝起きの私はそんなに気の長いほうではありませんので、いろいろと危険なことを考えないとも言い切れない。
 あるいはここが英雄王ギルガメッシュの人生の岐路となるかもしれませんね。

「さあ、ギルガメッシュ。話したいことがあるのなら今のうちに話しておくと良い。時間は限られているのですから」
「うむ。なにやら突き刺すような殺気が心と身体にイタイのだが……」

 ギルガメッシュが一つ咳払いをして居住まいを正す。

「実はだな、我は今日からしばらくこの国の外へと出て行くことになったのだ」
「ほう……それはまた何故」

 正直なところどうでもいいことではあったのですが、あえて口に出すことでもないのでとりあえず気になったことを聞いてみる。
 もっともそれですら、眠気とどちらを取るかと聞かれれば後回しにしても良いことではあるのですが。

「理由か。……ふむ、ではセイバーよ。今日の我の出で立ちを見て何か感じるところはないか?」
「は? それと貴様の国外逃亡といったい何の関係が……」
「たわけ! 王たる我が何故雑種ごときに背を見せなければならんのだ!」

 ……誰がたわけだと言うのだ。たわけと言うなら、この男以上のたわけもそうはいないと思う。
 まあとりあえずは、いい。で、出で立ちを見て感じるところと言われても……

「ふむ……言われてみれば妙に派手ではありますね」
「そこよ。気づいたかセイバー」

 確かに気づいてしまいましたが、そのように嬉しいことなのでしょうか。第一、これとこの男が国外に出る理由と、いったい何の関連があるというのか。

「それで結局いったいなにが言いたいのですか。いい加減眠いのですから結論を言いなさい」
「つまりだな、我がこれらを買う金をどこから手に入れたのかということなのだ」
「……いったいどこから。よもや悪の道に手を染めたと言うのではあるまいな、英雄王」
「ふん。それこそ王たるもののすることではない。そもそもセイバーよ、王のすることに善も悪もないというのだ。まぁ、そのような些事はどうでも良い。……我はその金を博打で手にしたのだ」
「……ばくち?」
「正確に言うのであれば競馬というやつであるな」

 ああ、競馬であるならば知っています、テレビで見たことがありますから。
 一度だけ凛がたわむれにアーチャーに馬券を買いに行かせていましたが……その夜、自室でじだんだ踏んでいるのを扉の影から見かけました。おそらく彼女は負けたのでしょう。
 そしてギルガメッシュは買ったが故にいつも以上に派手に己を着飾っているというわけなのですね。

「ふ、元よりこの世の財は全て我のものではあるが、雑種どものたわむれに乗ってやるのも一興と思ってな。だがしかし、この国は我の戦の舞台とするにはあまりに狭すぎる。故に大陸に渡って勝負することにしたのだ。言峰の話では何でもらす……とかなんとかだったか」
「ああ、そうですか。……それよりも用事はそれだけですか?」
「うむ。故に貴様はここで我の凱旋を待っているがいいぞ」

 ……そうですか、それだけですか。
 そのようなつまらないことのために、私の安眠を妨げたと言うのですか。

 慮外者め。その罪、許しがたい。

「ぬ、ぬあっ!? な、何故に聖剣を抜くのだ!」
「黙れ。どこへでも我が聖剣の光で導いてやる故……感謝するのだな」

 風向き良し、角度良し。
 天気は良好、気合も魔力も十二分。


約束されしエクス――」

「ま、待て……」

「――勝利の剣カリバー!」


 溢れ出た光の切っ先は、天を破り雲を引き裂き――高く高く、太平洋の向こう側まで伸びていった。


「と、いうことがあったのです」

 それから一ヵ月後の今日、朝食の席で不意にそのことを思い出した私は、シロウに語って聞かせていた。

「セイバー、おまえ……いくら相手がギルガメッシュだからって、エクスカリバーはやりすぎなんじゃないのか?」
「そ、それは……確かにその通りではありますが、しかし……」
「……セイバー?」
「うっ……ご、ごめんなさい」

 と、玄関のほうから弱々しく扉を叩く音が聞こえてくる。なんでしょう、こんな朝から来客など珍しい。
 シロウと二人で玄関まで来客を迎えに出て扉を開くと、

「我にメシを捧げろ、雑種!」

 そこにはあまりにも見違えた姿のギルガメッシュがいた。
 この街を出る前はあれほど着飾っていたというのに、今では薄っぺらいむしろ一枚だけ。すさまじい変わりようである。
 私もシロウも、あまりの突然のことに一瞬呆気に取られていたが、いち早く立ち直ったシロウが英雄……王? に問いかけた。

「おまえ……いったいどうしちゃったんだよ、そのカッコ。むしろ一枚って、いくらなんでも寒くないか?」
「フッ、愚問だな」

 いったい誰の、なにが愚かなのやら。

「とりあえずそのまま放っておくのもなんだし、上がれよ。メシくらい食わせてやるからさ」
「うむ。当然であるな」

 その物言いに思わず剣を抜きかけたが、シロウに抑えられてどうにか堪える。
 まったく、シロウは本当に人が好すぎる。……まあ、シロウはそうでなくてはならない、とも思うのだが。

「しかし……およそ財に関してはこの世に並び立つ者なき黄金の英雄王が、いったい何故あのような目に……」
「ああ、それはあれだよ、セイバー。最初のうちはきっとバカヅキで勝ってたんだろうけどさ」

 シロウは居間に歩いていくギルガメッシュの背中をどこか悲しそうに見つめながら、

「あいつのことだから……それで調子に乗って油断して、イカサマにでも引っかかったんだろ、きっと」

 ああ――なるほど。
 そういうことですか。というより、それしか理由は考えられませんね。

 まったく、あの油断さえなければ奴も名実ともに最強のサーヴァントなのでしょうが……まあ、油断してこそのギルガメッシュというのでしょうか。
 完全無比の彼など、想像することすらできませんね。