らいおんの小ネタ劇場
2004 年 7 月 2 日
第 71 回 : 愛馬
シロウと私、それから凛、桜の四人でのんびりと歩いていると、
「あれ? ライダーか?」
「む、確かに。あれはライダーですね」
遠目からでも映える美しく長い髪の持ち主といえば、ライダー以外に誰がいるでしょうか。
「そういえば、ライダーっていえばこの間ペガサスが怪我したんだって?」
「あら、そうなの桜?」
「え? ええ、まあ……」
「? どうしたのです、桜。歯切れが悪いですが」
「そ、そんなことないよ。やだなぁ、セイバーさんってば」
と、言われてもその引きつった笑顔からはなんでもないなどとは受け取れないのですが。まあ、いいでしょう。彼女がそう言っているのであれば、追求するのもあまり良くはない。
「しかしペガサスといえば幻想種が一つ。その彼を傷つけるなどいったいどこの誰が……」
「そ、それは……」
「ところでライダーってば、なんか引き綱引いてるけど。アレ、なんなの?」
「あー、うー……えっとですね……」
なんでしょう。桜の顔色が加速度的に悪くなっていっているのですが……やはりどうもおかしい。桜のこの様子はペガサスに関係しているのでしょうか。
と、徐々に近づいてきたライダーが、後ろに引き綱で繋いでいるモノの影が見えてくる。
……はて、あれは人でしょうか? それもなにやら……
「甲冑でしょうか、あれは」
「……いや、違うぞセイバー。そう見えるかもしれないが、違うんだ」
シロウが私の肩に手を置いて頭を振る。しかしあれはどう見ても甲冑ではないかと思うのですが……確かに少々形状は違うかもしれませんが、それ以外の何物でもないのに。
「ではシロウ、あれはいったいなんなのですか?」
シロウは私の問いに一つ頷いて、
「あれはまごうことなきペガサス!」
「……の、コスプレをした慎二ね」
拳を握って言ったシロウの言葉の後をついで、凛がいかにもつまらなそうに呟いた。
「おや、どうしたのですかこんなところで……奇遇ですね」
そんなことを言い合っているうちにライダーもこちらに気づき、にこやかな笑顔と共に近づいてきた。その彼女が引き綱に繋いでつれているのは……ああ、確かに凛の言う通りです。あれは桜の兄、間桐慎二その人です。
ですが確か、こすぷれとはとある人物の衣装などを着てその人物に成りすますことをいったはずなのですが……いったい彼の格好のどこがペガサスだというのでしょうか。やはりどうみたところで私には甲冑にしか見えないのですが。
「なあ……ライダー。そいつ、どうしたんだ?」
「見るな衛宮ッ! 僕を見るなッ!」
「ふむ、いいところに気づきましたね士郎」
「普通なら誰でも気づくと思うけどね」
まあ、そうでしょうね。このような奇怪な格好をして、ライダーのような美女に綱で繋がれているのであれば、気づかれないほうがどうかしているというもの。ですからそのように身を縮こまらせても無駄であると思うのですが。
「で? なんだってまたこいつ、こんな羞恥プレイなんて楽しんじゃってるわけよ」
「楽しんでるわけないだろ!」
「実は……ペガサスに怪我をさせたの、兄さんなんです」
桜が恥ずかしそうに俯きながら凛の問いに答える。
まあ、無理もないでしょう。私とて身内の人間のこのような恥部を世間に晒されれば居た堪れない気持ちにだってなるでしょう。それどころか、御家の恥部は切って捨ててしまうかもしれない。
「だからその……ペガサスに代わりに兄さんをって、ライダーが……」
「ふぅん……なるほどね。事情はわかったけど、こいつとペガサスじゃいくらなんでも差がありすぎなんじゃない?」
「と、遠坂オマエっ! 僕があんな馬ごときに劣るって言うのか!? ……桜! こいつオマエのサーヴァントだろ、やめさせるように言えよ!」
「ごめんなさい兄さん! わたしには、わたしにはそんなもったいないことできない!」
ああ、桜。そうやって顔を覆って泣く真似をするのはいいのですが、口からは本音が出ていますよ。やはり桜は桜ですね。
「ちくしょうっ、どいつもこいつも僕のことを馬鹿にしやがって……くそっ、くそっ、クソッ!」
「まあ、落ち着けよ慎二」
「これが落ち着いていられるかっ」
「わかったから、笑いながら怒るのはやめろって。ブキミだから」
そう言ってシロウもまた笑いながら彼の肩に手を乗せる。
実はそれは私も気になっていたところでした。彼は口では文句を言いつつも、何故か表情は楽しそうな笑顔でいる。いったいどちらが彼の本音なのか、これではわかりかねるのですが。
「そこに気づくとは……またもやさすがですね、士郎」
「いえ、ですから普通なら誰でも気づくと思うのですが」
「それじゃライダー、これにもなんか理由があるのか? 慎二がこんな貼り付けたような笑顔を浮かべてる理由ってヤツが」
「はい、それはですね……実はこれは笑っているのではなく、馬に蹴られた痕なのです」
馬……ああ、なるほど。そういうことですか。
「つまりそれは笑っているのではなく、蹄の痕であるということですね」
「どうみたところで笑っているようにしか見えない愉快な顔ですが、あなたの言うとおりです、セイバー」
愉快な顔、ですか。確かにこれはなかなか……うむ、得がたい顔であると言えなくもない。
ならば、このように一見すると不自由な顔であっても、それはそれで一つの長所といえるのではないだろうか。少なくとも、見たものに激しい衝撃を与え、二度と忘れられぬような印象を与えるのは間違いないのだから。
私はライダーに連れられ去っていく彼の後姿を見送りながら、そんなことを考えていた。
とはいえ――
「ああは決してなりたくないものですね」
「そりゃ当たり前でしょ」