らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 30 日


第 70 回 : 往く道を共に

 正面に対峙するシロウ。その面持ちは緊張感に溢れ、今も首の筋を暑さによるものではない汗が一滴、伝っていく。
 正眼に構えられた竹刀の切っ先は、私の喉笛を狙ってぴくりとも動かない。目線の行く先は私の切っ先、僅かな動きをも見逃すまいと凝視している。
 だがそれは良くない。
 一点を見据えれば、確かに見据えた部分の動きを追うことはできるでしょうが――

「…………」
「!」

 私が切っ先を僅かに揺らすと、シロウの視線も同じく揺れる。

 ――それが致命的な隙となるのです。

 シロウの目線が一瞬、私から逸れた隙を狙い、身を縮めて懐に踏み込む。シロウからすれば、突然私が消えたように見えたことでしょう。

「ッ!」

 声を上げる間も与えず下から逆袈裟にシロウに竹刀を弾き飛ばす。高く乾いた音と共に跳ね上げられた竹刀は、彼の手から離れることはなかったものの、成す術もなく宙に泳いだ。もちろんそうとなれば、シロウとて成す術もない。
 返す刀でシロウの喉元に切っ先を突きつれば、もはや動くことすら叶わず、

「ま、参った。降参」
「はい、潔いのは良いことです」

 私を貫こうと返していた手首を戻して諸手を上げた。

「あー、やっぱまだまだセイバーには敵わねえかぁー」

 竹刀を放り出してひやりとした道場の床に転がる。天井を見上げて悔しそうにそのようなことを言いながら、それでも口元は笑っていた。
 負けたのが嬉しいとか、そういうわけではなく、今の鍛錬にシロウ自身に得るものがあったが故のことなのでしょう。

「にしても……俺がセイバーに勝てる日なんてほんとに来るのか?」
「ふむ。シロウは人の身でありながらサーヴァントであるこの私に勝つつもりでいたのですか? それは無謀というものではありますが、望みを高く持つのは良いことです。ならば明日よりの鍛錬は今よりもう一段厳しくすることとしましょう」
「げ、やぶへび」

 軽口を叩くシロウに少しだけ笑みが漏れる。やぶへびだ、などと言いながらいざ鍛錬となればよりいっそう厳しいものを望むというのに……シロウは時に己の身にそぐわぬことを望もうとするから、私たちのほうが気を使わなければいけない。私も凛も、その点で意見が一致している。

「しかし、最近のシロウは以前に比べて動きが鋭い」
「ん? そうか?」
「はい。レベルを一段上げなくてはいけないというのも、あながち冗談ごとではありません」
「……どうなんだろ。自分では良くわからないけどな」

 目の前に自分の手をかざしてシロウが呟く。彼の言うとおり、こういうことは自分自身では良くわからないかもしれない。
 ですが、彼の師として決して短くない間鍛錬を施してきた私にはわかる。シロウのレベルは確実に上がってきている。先ほども、以前であれば反撃の一手を用意することなく終わっていたはずなのに、彼はなお竹刀の切っ先を私に向けていた。
 彼は元より凡人ではあるが、長年積み上げてきた下地があり、何より自分自身を鍛え上げることへの姿勢が非常に強い。これで成長しないほうがどうかしているのだ。

「シロウはいつか……私の手を離れて、自分の道を歩んでいくことでしょう。そのときはきっと、今日一日のことが役に立つ日が来るはずです。ですから今私が教えられること……教えたことを決して忘れないでください」

 それは寂しいことだけれど、真実だろう。今は私はシロウと一緒にいられるが、できることならばずっと一緒にいたいとも思うが、必ずしも叶う願いではないこともわかっている。
 シロウは大きな可能性を持っている人だ。それを私一人の我が儘で消してしまうわけにはいかない。だから、私の願いはきっと叶えられることなく、シロウはいずれ私の元から去っていくのだと――そう思う。

「は? なに言ってるんだよセイバー。何で俺がおまえから離れるんだ?」

 なのにこの人はこういうことを言うのだ。

「逆ならありえるかもしれないけどさ……もしかしてセイバー、そんな寂しいこと、考えてたりするのか……?」
「ばっ……馬鹿なことを言わないでください! 私はあなたの下を去りたいなどと考えたことは一度もない! ……これからもありえない」
「なんだ、だったら何の問題もないじゃないか。俺はセイバーにずっといてほしいと思ってる。セイバーも同じ気持ちでいてくれてるなら、俺たちが離れ離れになるなんてこと、絶対にありえない」

 そう言って彼は笑った。私を安心させるためではなく、もちろん愛想笑いでもなく。心からそう思っていて自然に出てきた、そんな笑顔だった。
 そんなことを、こんな顔で言われてしまったら――

「そうだろ、セイバー?」
「……はい。そうですね」

 ――言われてしまったら、頷くしかないではないか。

 わかりました、シロウ。貴方がそう言ってくれるなら。私と同じ気持ちでいてくれると言うのなら。
 貴方には、その言葉の責任を取っていただかなくてはいけません。

「わかりました、シロウ、あなたがそう言うのであれば、私はあなたについていきましょう」
「ああ、そうしてくれると助かる。それに、嬉しい」
「……はい。あなたのためならば」

 騎士として、そして一人の私として。
 貴方と共にありましょう……これからも、ずっと。