らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 29 日


第 69 回 : 家族みたいな

 夕暮れ時は買い物時です。
 夕飯の買い物に行くのは大抵がこのくらいの時間で、それは何故かというと商店街でタイムセールを始めるのがだいたいこのくらいの時間であるという至極現実的な理由が一つ。そしてもう一つは、このくらいの時間がもっとも散歩に適した時間だからです。
 夏ともなると昼間はうだるような暑さになってしまい、そんな中を散歩などしたいとは思いませんが、日が落ちかける時間になれば身を焼くような熱気もあらかた去って行く。時折吹き抜ける風は涼しく、歩いている私たちの影は道に長く長く伸びている。

「悪いな、セイバー。買い物付き合ってもらっちゃって」
「なにをそのような……シロウ、あなたは私が嫌でこうしていると本気で思っているのですか?」
「まさか」
「ならばそのようなことを気にする必要はありません」

 軽口を叩きあいながらシロウと並んで商店街を歩く。
 だが、今日は二人で買い物に来たのではなく、彼女も一緒なのです。

「こらー! シロウもセイバーもぐずぐずしないのーーーっ!」
「わかったからそんなに騒ぐなよイリヤ」

 シロウと一緒に買い物に来るのは久しぶりだからか、少々はしゃぎすぎのような気もする。だが、そこは気心の知れたマウント深山商店街です。くるくると踊るようにして歩いているイリヤスフィールを、誰もが微笑ましげに見送っている。
 それになにより、彼女はこの商店街でも評判はかなり良いのだ。

「おっ、イリヤちゃんおつかいかい?」
「ええ、今日はシロウと一緒に」
「そうかい、それじゃこいつをおまけしてやろう。持ってきな」
「ありがとう、おじさま」

 優雅に微笑み、貴族の子女さながらに一礼するイリヤスフィール。
 彼女は幼いながらも美しく、そして無邪気でありながら、決して生まれついて持った気品も失わない。そんなところが商店街の人々に愛されていて、さながら姫のごとく扱われているのだ。
 イリヤスフィールは八百屋の店主から果物を受け取ると、こちらを振り向いて満面の笑みを浮かべる。大きく手を振りながら走ってきて、

「シロウ! おまけしてもらっちゃった!」

 片手にいただいた果物を抱えて、空いているもう片方の手でシロウの腕に抱きつくようにしがみつく。

「良かったな、イリヤ」
「うん!」

 シロウも嬉しそうに笑い彼女の頭をくしゃくしゃとかき回すように撫で、イリヤスフィールはくすぐったそうに目を細めた。

「申し訳ない、いつもいつも……」
「なぁに、イリヤちゃんのためだったら良いってことよ。この子が笑い顔はその果物ほど安かないからな」
「イリヤスフィール、もう一度感謝を」
「うん、ありがとー、おじさん!」

 そういって今度は無邪気に笑うイリヤスフィールは、私の目から見てもとても愛らしいものだった。


 橙色に染まった家路を、私とシロウと、イリヤスフィールの三人で並んで帰っていく。
 イリヤスフィールは私とシロウの間で、何故か右手で私の、左手でシロウの手を握って歩いていた。珍しいものですね、シロウのならばともかくとして、彼女が私の手を握ってくるとは……
 しかし、もちろん悪い気はしない。私とてイリヤスフィールは好きなのですから。

「あのさ、今ふと思ったんだけどさ……」
「はい、なんですか?」

 ぽつりと、誰にともなく呟いたシロウの声に振り向いて聞き返す。

「俺たちってさ……端から見たらどんな風に見えるんだろうな……」
「どんな風に……ですか?」
「ひょっとしたら親子に見える……かもな」

 親子、ということは――それはつまり。

「…………」

 ま、まったく……何故この人はいつもいつもそのようなことを唐突に言うのでしょうか。しかも何気なしに。
 そのような意味ありげなことを言われて、平静でいられると思っているのでしょうか――いや、きっとそのようなことは心の端にも浮かべていないのに違いない。……だから凛や桜に鈍いと言われるのです。

「むー、そんなわけないじゃない」

 案の定、機嫌を悪くしたイリヤスフィールが頬を膨らませて抗議する。そしてシロウも、だよなぁ、などとつぶやきながら楽しげに笑っていた。
 まったく、私たちからしてみれば笑い事ではないのですが……まあ、いいでしょう。このお返しは今日の夕食で存分に返していただくとしましょうか。

 右手に果物の入った買い物袋と、左手にイリヤスフィールの小さな手とそのぬくもりを握り締めて、ゆっくりと三人で家路を歩く。
 道に映った私たちの影は、互いに重なり合い交じり合って、深く寄り添いながら長く長く伸びていた。