らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 28 日
第 68 回 : おまけ生活
「こんにちわー、冬木新聞の者ですがー。誰かいませんかねー?」
む、来客のようですね。
シロウも大河も凛も桜も学校に行き、今この家に私は一人でいる。つまり留守を守っていることになります。
そこに来客が訪れたとあっては、これは丁重に対応せねばならないでしょう。下手をして相手に不快な思いをさせてしまえば、それはすなわちこの家の主であるシロウの恥に繋がる。彼のサーヴァントとしてそれだけは避けなければいけない。
「すいませーん、いませんかー?」
と、これ以上待たせるのはそれだけで失礼に当たりますね。
私専用の獅子のスリッパをはいて小走りで玄関に向かう。ところで……ふゆきしんぶんなどという方はシロウの知り合いにいたでしょうか?
記憶の中にあるあまり多くないシロウの知り合いの名前を思い出し、該当者がないことに首を捻りながら戸を開く。
「はい、どなたでしょうか」
「あ、ああ……いたんですか。留守かと思っちまいましたよ」
「申し訳ない。それは大変失礼を」
「あー、いやいや。いいんですよ別に」
「……ところでいったいどちらの方でしょうか。シロウの知り合いの方ですか?」
見たところ、やはり見覚えがない。年の頃でいえば四十絡みの頃で背は低く、顔に貼りついた笑みが妙に不審だ。
これはおそらくシロウの知り合いなどではありませんね。
「いや、冬木新聞の者なんですがね、お宅は今どこの新聞とってます?」
「しんぶん……ああ、なるほど新聞ですか」
そういえばシロウが以前言っていた、
『いいかセイバー、新聞屋とかがきてもとりあえず相手にしなくてもいいから。うちは間に合ってますとか言っておけばそれでいいからな。絶対に新聞を取ったりしたらだめだぞ』
……なるほど。それが今この時なのですね。ではさっそく。
「うちは間に合ってます」
「いや、そう言わないで話だけでも聞いてくださいよー」
「うちは間に合ってます」
「あの、だから……」
「うちは間に合ってます」
「…………」
ああ、見ていますかシロウ、この完璧な応対。あなたのサーヴァントはマスターの言いつけをきちんと守っていますよ。
完璧なる対処を前に新聞屋は作った笑みを微妙に崩し、それでもなお形を保って、
「じゃ、じゃあこうしよう。サービスってことでこいつを差し上げましょう」
「……ほう」
新聞屋がかばんから取り出したのは洗濯洗剤。しかも柔軟材入りで少々お高く、うちでは使っていない良い洗剤です。
……これはつまり戦に勝利したことへの戦利品ということでしょうか。
「ならばありがたく受け取っておきましょう、新聞屋」
「お! そ、それじゃあ契約を……」
「うちは間に合ってます」
「…………」
「…………」
絡み合う私と新聞屋の鋭い視線。
彼の表情はその作った笑みのまま凍りつき、しかし瞳はますます鋭く私を真っ直ぐに射抜いてくる。
なるほど……これは私に対する挑戦ということですか。
ならば新聞屋、あなたがいったいどこの誰を敵に回したのか――とくと教えて差し上げましょう。
それから一時間後――
「ただいま、セイ……な、なんだこれはっ!?」
「シロウ、お帰りなさい。今日もお疲れ様でした」
「あ、うん、ただいま……って、ところでこれはどうしたんだよ?」
シロウの差す指先には積み上げられた洗剤や石鹸、調理油や水族館のチケットなどなどの山でした。
「これは戦利品です」
「せ、戦利品?」
「はい。シロウの言いつけ通りに敵を撃退したところ、これだけの物を置いていったのです」
心なしか誇らしくシロウに今日の戦果を報告する。
それにしても新聞屋とはすごいものですね。あれだけ打ちのめしてもなお立ち上がって挑んでくる姿は、感嘆すら覚える。しかも負けたとあれば潔くこれだけの戦利品を差し出すとは……見上げたものです。
またいつか、再び挑戦してくる日があるならば……そのときもまた、徹底的に打ちのめして差し上げましょう。