らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 27 日


第 67 回 : 酒癖

「ふぅ……いいお湯でした」

 夕食を頂いた後、今日は一番にお風呂を頂きました。シロウに勧められた入浴剤を使ってみたところ、存外に気持ちよく、ついつい長風呂になってしまいましたが……たまにはいいでしょう。
 とはいえ、あまり後の人を待たせるのも良いわけがありません。

「申し訳ありません、お待たせしま――」

 そう思って居間のふすまを開けるとそこは……酒羅場と化していました。

 あちらこちらに転がる空っぽの一升瓶、テーブルの上を埋め尽くしているおつまみの数々。
 そして赤い顔をしてなお、酒盃を傾けている面々。
 けたけたと笑っている大河、くすくすと笑っている桜、口元に笑みの形だけを浮かべて凛と、一人無表情でただ飲んでいるだけのシロウ。

「こっ、これはいったい……?」
「あー、セイバーひゃんだー」
「いえ、考えるまでもありませんね。……また貴女ですか、大河」
「うー、ごちゃごちゃ言ってないであんたもここ座って飲みなさいっ」
「……で、それに乗じて調子に乗ったのが貴女ですね、凛」

 喉を鳴らしてお酒を流し込みながら手を振っている大河と、ひどい目つきで自分の隣の座布団をバンバンと叩いている凛。いくらお風呂が長かったとはいえ、たかだか一時間足らずの間に、よくもここまで酔っ払えたものです。

「まったく……いくら休日とはいえ、羽目を外しすぎなのではないですか? って、イリヤスフィールまで飲んでいるのですか!」
「子供だからって仲間はずれにするのは可哀相だとは思いませんか? うふふ……」
「さ、桜……よ、よもや貴女がそのようなことをするとは……」
「そんなことよりセイバー! シロウのとこなんて行かないでこっちきなさい!」

 喚いている凛を無視して、先ほどから静かに飲んでいるシロウの隣に腰を降ろす。飲みすぎたのか、顔を赤くしてシロウの膝の上で寝息を立てているイリヤスフィールの髪を撫でてやりながら小さくため息をつく。賑やかなのも楽しいのもかまいませんが、度を過ぎると何事も毒だというのに……
 イリヤスフィールにお酒を飲ませるなど、さすがに行き過ぎです。彼女はまだまだ肉体的には子供なのですから、酒精がその幼い身体に毒でないはずがない。シロウがいながら何故止められなかったのか……イリヤスフィール自身がとても太平楽な表情で眠っているというのが唯一の救いですね。
 しかし、だからと言ってこの有様を見逃すわけにはいかない。

「シロウ、ちょっといいですか?」
「…………」
「シロウ、貴方はイリヤスフィールの兄を自認しているのでしょう? でしたら彼女にお酒を飲ませるような真似をどうして止められなかったのですか」
「んー、それはねセイバー。そうなる前にわたしが士郎を潰しちゃったからよ」
「先輩ってばけっこうお酒に弱いんですよねー」
「ごくつぶしな姉妹は黙っててください」

 余計な口出しをしてくる二人をぴしゃりと黙らせて、シロウを正面からじっと見据える。
 と、それまでこちらも見ずに俯いたままちびちび飲んでいたシロウが顔を上げて、ようやくこちらに目を合わせてきた。どうやらわたしの話を聞く気になったようですね。ならば容赦は必要ない。

「いいですか、シロウ。さすがに今日という今日はじっくりと話をさせてもらいますよ。だいたい貴方はですね、大河と凛に弱すぎるのです」
「…………」
「だからこのように酒精に溺れ、守る者も守れず醜態を晒すことになるのです!」
「……セイバー」
「聞いているのですかシロウ! って、あの……!?」

 突然、シロウが抱きついてきた。つまり私は今、シロウに抱きしめられていた――

 な、なにがいったいどうしたというのですか!? わ、わけがわかりません!

「し、シロウ! い、いきなりなにを……こ、こんなところで……!?」
「む、やわらかくてあったかいぞ」
「あ、そ、そんな! そのような無体はやめてください!」

 シロウは膝からイリヤスフィールの頭がころりと転がり落ちたがまるで気にも留めず、彼女自身、畳の上で口元を小さく動かしながら眠っていた。
 そして私はシロウにきつく抱きしめられ、彼の手は私の背中を探るように撫でて、鼻先は髪の毛に埋められていた。

 ……シロウの顔がすぐ横にある。
 すり寄せられた彼の身体は酒の匂いがしていて、その中に僅かに汗のにおいが混じっていた。

「し、シロウ……酔っていますね?」
「そりゃ酔ってるわよう。一升瓶空けてるもの」
「酔ってなきゃそんな大胆な行動に出られるはずがないでしょ、その朴念仁が」
「鈍感故に先輩、先輩故に鈍感、ですよ、セイバーさん」
「わかってます。言ってみただけです」

 そりゃそうです。あのシロウがしらふでまさかこのような真似をできるなどとは、私だって思っていません。酔ったシロウがこちらの予想外の行動出に出るのは花見の席で実証済みですし。
 しかしだからといって――

「む。やわらかいだけでなくすべすべでもある」
「ああ、わかりましたからシロウ、そのように頬をすり寄せないでください。くすぐったいのですから、もう……」

 ――酔った上でのこととはいえ、こうも肌に触れられるのはその、困る。

 もちろん嫌だから、というのではないのですが……どうしたら良いのでしょうか。どうやらシロウはシロウなりに満足しているようですし、それを無理に引き剥がすというのも気が引けますが、このままでいるわけにもいかない。

 ――仕方ありませんね。シロウには悪いのですが、少し力ずくで今日はもうお休みいただこう。

「というわけで、覚悟してくださいシロウ」

 そしてシロウの首筋に落とそうと、振りかぶった手刀は、

「ちょっと待った」
「え? り、凛?」

 相変わらず目つきが悪いままの凛に止められていた。そしてその彼女の後ろには大河と桜が仁王立ちしている。
 あ、なんでしょう。とても嫌な予感がします。

「な、なんですか三人とも……?」
「いやね、シロウばっかり良い思いさせるのももったいないと思って」
「い、良い思いというのは一体……?」
「決まってるじゃないですか、セイバーさん?」

 ああ、桜……そうやってにこやかに微笑んでいる貴女が今は一番恐ろしい……


 そんなわけで結局、その日は夜が明けて全員が起きてくるまで、私は四人にしがみつかれたまま一睡もできず――

 ――起きてきた全員をもう一度、少しばかり力ずくで眠らせてから、眠りについたのでした。