らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 24 日


第 65 回 : アルバム

 今日は家の大掃除をしています。
 普段から掃除はきちんとしているのですが、時々こうして徹底的に掃除をしないと、普段は目に付かないところに埃が溜まっていたりするそうです。それに大河がどこからともなく集めてくるがらくたを処分するにもいい機会ですし。

 というわけで各々、担当に充てられた部屋をそれぞれ掃除しているのです。
 桜は台所、大河とイリヤスフィールは居間で、ライダーはお風呂。凛は聖杯戦争の頃から使っている自分の部屋です。彼女の部屋は彼女以外の誰もが触れられないのだから当然といえば当然なのですが、凛一人に任せるといつまで経っても片付かないのでアーチャーが手伝っています。
 そしてシロウは土蔵を片付けており、私はというと自分の部屋とシロウの部屋を任されていました。

 といっても、元々私の部屋もシロウの部屋も私物などあまりなく、故に普段の掃除で殆ど用が足りてしまっているので、大掃除といってもすることなどいつものそう変わりはなく――

「……これが幼い頃のシロウですか」

 ――現在はシロウの部屋の押入れに入っていたアルバムを開いて眺めていました。

 正直なところ、断りもなくシロウの私物を開いてしまうなど気が引けたのですが、結局好奇心には勝てませんでした。
 写真の中のシロウは今よりも更に更に背が小さく、隣に立って写っている切嗣の胸ほどまでしかない。顔立ちもまだ幼く、イリヤスフィールと並んでいたならば、姉弟にも見えるでしょう。

「これは、大河……ですか」

 こちらの写真では、シロウと大河と切嗣が三人で写っていた。大河はシロウの背中から彼に抱きついて、シロウはといえば迷惑そうな表情をしながらも少し頬を赤らめている。今ならば表情一つ変えないだろうに、この時はまだ彼女の突飛な行動に慣れていなかったのでしょうか。

「それにしても……本当に変わったのですね、切嗣は……」

 このアルバムの中の、シロウと大河と共に過ごしている頃の彼をこうして目にすると、かつてシロウが語っていた彼の姿は本当だったことがよくわかる。
 どの写真に写っている切嗣も穏やかに微笑み、時にシロウの頭を撫で、時に大河の肩を抱き、そんな彼のそばにいる二人も笑顔でいた。

 おそらくはこの切嗣こそが彼の本質なのだろう。私と共にいたときの魔術師であった彼は、己を殺し非情に徹し、鋼鉄の殻で心を覆っていた。金属の殻はどこまでも冷たく、何者をも寄せ付けず、誰にも見通せないほどに分厚くて、私には彼を知ることはできなかった。

 だがその殻を纏う必要がなくなり、脱いだ切嗣の心は凪のように穏やかだった。

「彼をそうさせたのはきっと、シロウと大河なのでしょうね」

 この写真を見ればそれが良くわかる。二人は切嗣にとって正真正銘の家族だったのでしょう。
 きっと彼は死の間際まで……己の業に苦しみながらも、同時に救いを得ていたのではないだろうか。だからこんなにも穏やかな笑みを浮かべていられるのだろう。
 彼を侵した聖杯の泥は、その身体を侵すことはできても、心までを侵すことはできなかったはずだ。

「セイバー、掃除は……?」
「あっ、シロウ」

 背後から声をかけられ、心臓の音が一瞬激しく飛び上がった。
 シロウはアルバムを開いている私を見て、次いでその中に綴じられている写真に目を落とす。
 なんとも、ばつが悪い。どう言い訳したところで、私がシロウのアルバムを勝手に見たのは事実なのですから。

「あの、シロウ……」
「切嗣とのアルバムかー、ふぅん……懐かしいな」

 だが当の彼はといえばまるで気にした様子もなく、私の隣に腰を降ろしてページをめくり始めた。

「申し訳ない、勝手に見てしまいました」
「ん? ああ、別にいいよそのくらい。隠してるわけでもないし」

 それでもいちおうは謝罪した私だったが、シロウはこちらに目を向けることもなくアルバムの中の光景に没頭している。
 口元に浮かんだ微かな笑みを見ればわかる。シロウの中で、この頃の時間は何物にも変えがたい大事なものだったのだろう。

「む、そういやそうだな」
「? なにがそういえばなのです?」

 突然顔を上げてそんなことを言い出したシロウに首を傾げる。

「いや、そういえばセイバーたちがこっちに来てから結構写真とかも撮ったけど、まだアルバム作ってなかったなー、って思ってさ。だから今度買いに行こう。それでさ、ちゃんとアルバムに収めて残しておこう。そうすりゃまたいつか、こうやって懐かしむことだってできるだろ?」

 シロウは名案を思いついた子供さながらの――そう、ちょうどこのアルバムの中で、切嗣に頭を撫でられている子供のような表情をして笑っていた。
 私はそんな彼の表情に、思わず笑みを浮かべてしまう。ですがそれは確かに名案ではある。

「そうですね、今度皆で買いに行きましょう。撮った写真はたくさんありますから、きっと一冊や二冊では足りませんよ?」
「ああ、そうだな。そうだよな」

 そう思うと、私もなんだか楽しくなってきた。
 私たちのこれまでの思い出はアルバムに綴られ、これからの思い出もまた綴られる。
 そうしてきっとこれから先、何冊ものアルバムが綴られていくでしょう。

 いつか遠い将来、そのアルバムをシロウと共に紐解く日が……今から楽しみです。