らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 23 日
第 64 回 : 成長期
「シーローウー!」
と、今日も今日とてイリヤスフィールがシロウに向かって飛び込み、彼の腰にしがみついている。
正直言ってあまり愉快な気分ではないのですが、なんだかんだと言ってもう慣れてきました。ついこの間まではそのたびにいちおう窘めてはいたシロウも、最近では何一つ言わないようになってしまいました。
今もイリヤスフィールを腰からぶら下げ、片手間に彼女の頭を撫でながら黙々と食事の支度をしています。
「あれ?」
と、そのイリヤスフィールが少し目を見開いて首を傾げる。次いでシロウを見上げ、自分を見下ろし、そしてもう一度腰にしがみついて、
「うん、やっぱりそうだ」
「そうだって、どうしたんだよイリヤ」
「あのねシロウ! わたし、ちょっとだけ背が伸びたみたい!」
そう言って嬉しそうに笑った。
「って、待ってくださいイリヤスフィール」
「なによー」
「なによではありません。いったい今ので何故背が伸びたなどとわかるのですか。少なくともわたしには貴方の背が伸びたようには見えないのだが」
ただシロウの腰にしがみついているだけでそんなことがわかるはずがない。
だというのに、イリヤスフィールは無邪気だった笑みを不敵なそれに変えて、私に細い視線を送ってきた。
「わかるわよ。まあ……セイバーじゃわからないと思うけど」
「なっ、ならばどうしてわかるのか、説明願いたい!」
「簡単なことよ。この間までわたしの頭、シロウのここんとこにあったんだけど、今日は……ほら、ここにある」
そういって彼女が指し示した『この間までの頭の位置』は、今イリヤスフィールがくっつけている場所から僅か下、だいたい1cmくらいの場所だった。
「へえ、ほんとだ。ちょっとだけ伸びてるなー」
「ですから、何故それでわかるというのですか」
「なによー、わかんないのはセイバーじゃない。だってわたし、前にシロウのどこにしがみついたかちゃんと覚えてるもの。だから間違いないの!」
ああ、どうやら怒らせてしまったようですね。
両腕を腰に当て、真っ直ぐにこちらを見てくる彼女の瞳は至極真面目で、事実はどう荒れ彼女自身が嘘をついているようには思えない。それがイリヤスフィールにとっての真実なのでしょう。
ならばこれ以上、私に言えることなどありませんね。まあ、もちろんだからといって納得したわけではないのですが。
「わかりましたイリヤスフィール。ですからそのように――」
「ふん、どうせそのうち、セイバーの背だって簡単に追い越しちゃうんだから」
「――待ちなさい。それは聞き捨てなりませんね」
その瞬間、私とイリヤスフィールの視線がじりじりと絡まり、間の空間にひょっとした常人にも視認できるのではないかというくらいに濃密な魔力が渦を巻いて交錯する。そしてシロウは腰が引けていた。
「イリヤスフィール、まさか指の先程度の身長が伸びたくらいで、驕っているのですか?」
「驕り? 言葉の使い方には気をつけたほうがいいわね、セイバー。これは油断や慢心の類ではなく確信というものだわ。わたしはいずれ成長し、シロウの隣を歩くに足るレディとなる。もちろん今だってそうなのだけど。翻ってセイバー、あなた――」
ぴしりと、イリヤスフィールの指先が眼前に突きつけられ、
「――あなた、成長してなかったそうね、それ」
その指先がつつ、と下に降りて私の身体の一点を指す。
胸。
「……凛から聞いたわよ」
「お、おのれッ……」
「ふふーんだ! どーせセイバーのおっぱいなんてずっとそのままだもん! それじゃシロウを満足させてあげることなんてできやしない。ねっ、シロウ?」
「い、いきなり俺にふるんじゃねぇ!」
「シロウ! そうなのですか!? 貴方は私よりもイリヤスフィールのほうが良いと!? ならばこちらにも考えがある!」
「だ、誰がいつそんなこと言ったーーー!」
で、結局事はお腹をすかせた大河の乱入まで続くこととなり、終わった頃にはイリヤスフィールの背が伸びていようがどうでも良くなっていたのでした。
所詮はまだ1cmですし。彼女が私に追いつくなど、まだまだ未来のことですし、そもそも追いつくことなどないかもしれませんし……
ええ、全く気になどしていませんとも。