らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 21 日


第 62 回 : ザ・サムライ

『あら楽し 思いは晴れて 身は捨つる
         浮世の月に かかる雲なし』

 ……素晴らしい。

 その物語を最後まで見終えて、私は内心で感嘆の息をついた。
 今私が見ていたのは時代劇というこの日本の国がまだ外と交わる以前の暮らしをしていた頃を描いた物語です。そもそも私はあまりテレビというものを見ないので今までにその機会もなく、時代劇を見るのは今日が初めてだったのですが、こんなにも素晴らしいものだとは思ってもみなかった。

 日本における侍とは武士道精神という、我々のような騎士の誇りに似た信念を己の中に持ち、それに殉じた。もちろん全ての侍がそうだったということではないのでしょうが、少なくとも今見た物語は実際にあった出来事とのこと。つまりは主の仇を討つために己の命を捨てる、誇り高い武士たちがかつて存在したということです。

 ああ、ともあれ満足です。思いもかけず良い時間をすごすことができました。

「あー、ご機嫌のところ申し訳ないんだけれどさ、セイバー」

 と、台所で夕食の支度をしていたシロウが顔を出した。
 そういえばそろそろ夕食の時間です。程よくお腹もすいてきましたし、ちょうどいい頃合ですね。

「はい、なんですかシロウ? 私にできることがあるのであれば何なりと。お皿を用意すればいいのですか?」
「ああ、うん……いや、そのな?」
「? いったいなんですか、歯切れの悪い。用があるのであればはっきりと言っていただきたいのですが」

 頬をかき、明後日の方向を見ながら口の中でもごもごと呟いているシロウ。
 ……あれは、何か心に疚しいことがあるときのシロウですね。いったいなにをしたというのか。

 あえて問い詰めることをせず、黙って彼を見ているとやがて意を決したのか、身体を半分に折って頭を下げた。

「すまんっ! ちょっと買い物してくるの忘れて晩飯の材料が足りないッ!」
「……ほう」
「い、今すぐ買いに行ってくるから、それまでしばらく我慢して――あ、あの、セイバーさん?」

 恐る恐るといった感じでこちらを伺ってくるシロウ。
 はて、なにをそんなに恐れているのでしょうか? まさか――

「シロウ、この程度で私が怒るとでも思いましたか?」
「え? あ、うん。でもだってほら、セイバーってお腹すくと機嫌が悪くなるし」
「……なるほど、貴方が私のことをどう考えているのか良くわかりましたが――まったく、いくら私とてそのような理不尽なことで我を忘れたりしません」

 そのような認識を抱くことのほうがよほど失礼というものです。

「とにかく、そういうことでしたら仕方ありません。早くしないとお店も閉まってしまいますよ、シロウ」
「あ、ああ。悪い、すぐに行ってくる」

 そう言ってシロウはばたばたとエプロンを外しながら出かけるために身支度を整え始めた。

 だがしかし、いくら仕方ないこととはいえ、これは失態です。ここが戦場であったなら、補給線の途絶による自軍の疲弊は甚大なものでしょう。
 軍令に沿って処罰するならば、自軍を危機的状態に陥れたとして厳重な罰を与えなければならない。
 もしこれがかつての日本であったならば、与えられる罰はやはり――


「……切腹」


 ――となるのでしょうか。

 と、見るとシロウが額に激しく汗の粒を浮かべ、手に財布を持った格好で固まっている。

「どうしたのですか? 出かけるのではなかったのですか、シロウ」
「あ、い……うん、いやその。あ、ははは、なんだ、俺の聞き違い、聞き違いだよな、うん。いくらなんでも……なぁ?」
「? なにを言っているのですか? おかしなシロウですね」

 そんな彼の表情がなんだかおかしくて、思わずくすりと笑みが漏れる。

「! す、すぐに行って参りますッ! サーッ!」

 その途端、シロウは叫ぶや否や、青い顔をしたまま逃げるように飛び出していった。

 急速に遠ざかっていく彼の背中を半ば呆然と見送りながら、私は首を傾げる。
 はて、本当にいったいどうしたというのだろうか。あの一瞬、まさしく必死の顔をしていたのですが……何故でしょう。