らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 16 日
第 58 回 : 特訓
「聞いたぜセイバー、おまえ乗り物……ていうかバーサーカーに酔い易い体質なんだってな」
「それは確かに間違いありませんが、何故貴方がうちで朝食を摂っているのですかランサー?」
凛の隣で目玉焼きを頬張っているランサーにそう言ってやりましたが、やはりというかなんというか、完全に無視してくれました。ちなみにもちろん、この男を朝食の席に呼んだ覚えなど、誰にもあるはずがありません。
「あとできっちりメシ代は払ってもらうからな」
「ああ、そっちは言峰にでも請求しておいてくれ――ごちそうさん」
ぱん、と両手を合わせて礼をして、再びこちらに向き直るランサー。
「というわけでセイバー、今日は俺がおまえのために取って置きの特訓プログラムを用意してやったわけだ」
「特訓というと、バーサーカー酔いのですか? ……はむ」
「その通りだ。おまえだっていつまでも弱点をそのままにしときたくはねえだろ?」
お皿に残った最後のソーセージを頂いて、ランサーのその言葉を吟味する。
……ふむ。確かに彼の言う通り、私はバーサーカーに弱い。戦闘能力とかそういうのではなく、乗り物としてのバーサーカーの乗ったとき、この身は途端に本来の力を失ってしまう。……端的に言えば気分が悪くなるわけですが。
前々回、そして前回ともに醜態を晒してしまった私ですが、いつまでもこのままというのはもちろん望むところではない。
と、なればランサーのこの申し出は渡りに船というもの。いったい如何なる特訓なのかは知りませんが、可能性があるならば試してみるべきですね。
「いいでしょう、ランサー。その申し出受けました」
「よっしゃ、それでこそだ。――んじゃ、さっそく」
「待ちなさい」
勢い込んで立ち上がりかけたランサーを制して、シロウに向き直る。
「その前に……シロウ、おかわりです」
そして私は新都にある、とあるデパートの屋上へとやってきていた――の、ですが。
うぃんうぃんうぃん
「…………」
「よ、よーし、いいぞセイバー! そ、その調子だ!」
うぃんうぃんうぃん
「…………」
「これならすぐにでもおまえは弱点を克服できる! この俺が保障してやるッ! ……ぶっ」
一番近い表現で言いますと――私は馬に乗っていました。と、言ってももちろんかつて私が騎乗していたような馬ではありません。それどころか、たとえ乗馬の経験がない者だとしても、この馬ならば容易く乗りこなすことができるでしょう。
事実、周囲を見渡せば、イリヤスフィールよりも更に幼い歳のころの少年や少女たちも、私と同じこの機械仕掛けの馬に跨っているわけでして。
要するに私は、幼い子供たちの遊戯と全く同じ事を、特訓と称してやっているわけですか……
「……ランサー、私を騙しましたね」
「あん? なに言ってんだよ。ばっちり特訓になってるじゃねえか」
ランサーは私が跨っている馬を指差しながら、そう言って――追加の百円を投入した。
「バーサーカーと全く同じ歩調で、激しく上下に動く馬。それに跨るおまえ。これで酔わないようになったら、弱点克服したも同然だろうが」
「……では、何故話すとき、私と目を合わせないのですか?」
「そりゃおまえ、うっかり目を合わせようもんなら爆笑するからに決まってんじゃねえか」
「おのれ、そこに直れ槍兵」
「……ぶっ!」
私の周りで子供たちが見上げているのにも関わらず風王結界を現界させ、切っ先をランサーに突きつける――が早いか、ランサーは素早く周囲を囲っている鉄柵まで飛び退いて、
「くっ、ククッ……ぶははははーーーっ! お、オマっ、おまえ最高! 可愛いぜセイバーちゃん!」
その場で激しく全身を痙攣させながら、辺りを憚らずに笑い声を響き渡らせた。
「き、貴様ーーーッ! やはり最初からこれが狙いであったかッ!!」
「あ、あったりまえじゃねえか。にしてもこんなに上手くいくとは……おまえ、人が好すぎるぜ」
蹲って腹を抱えながら、ランサーは涙目でこちらに嘲りを向けてくる。
お、おのれ……このような男の甘言に乗り、見事に嵌められるとは……なんという不覚!
だがしかし、これでこちらにも容赦をする理由などなくなった。
私は跨っていた馬の上に立ち上がり、足を撓めて一足にヤツに飛び掛ろうと構えて――
「あ、ちなみに今のはばっちり写真に撮らせてもらったからな」
「……なに?」
「もしおまえが俺に報復しようってんならそれでもいいが……そのときはわかってるよな」
「あ、く……き、さま……」
私の表情が絶望の鈍色に染まっていくのと対象的に、ランサーはその表情を喜色に塗れさせ、口元を邪悪に歪めて笑っていた。
「そのときは――全方位三六〇度から撮影したおまえの恥ずかしい写真が……おまえのだーいすきなボウズの手に渡るってわけだ」
そしてランサーは最後に一つ、天に向かって高らかに勝利の凱歌を上げると、
「じゃあなセイバー、今日はおまえのおかげで美味い酒が飲めそうだぜ! だーーーはっはっはー!」
と、耳障りな笑い声を残しながらデパートを飛び降りて消えてきました。
そして……私は……
「おねえちゃん、どうしたのー?」
「だいじょうぶー? おなかいたいの?」
「えっとね、おとなはないたら、めーなのよー」
その場にがっくりと膝を突き、声を出す気力もなく――
――ああ、子供たちよ。時に慰めは敗者に残酷であると……お願いです、察してください。